剣と華U

□そっと囁くI LOVE YOU
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腕に抱いていた温もりが消え、冷めた空気が毛布に入ってきた。
眠気より寒気が勝ち、体を縮こまらせるようにしながら少し目を開けた。
ニットのワンピースを頭から被ってすぽりと顔を出したロビンが霞んで見えた。
「ごめんなさい、起こしてしまったわね」
小声で歩み寄ってきて、俺の傍らにしゃがむ。
長い髪を耳にかけながら顔を近づけ、額に唇を落とした。
「…もう行くのか?」
手首を掴んで見上げる。
「ええ。そろそろ夜が明けるわ。恋人の時間は今夜また」
窓の外が白んできているのが分かった。
さっきまであんなに燃え上がり、終わると1ミリの隙間もないくらいにくっつき合い、この上なく満足したと言うのに、どうしてこんな幸福な時間はあっという間に過ぎてしまうのだろう。
「朝になったら起こしてくれ」
「分かってるわ。おやすみなさい」
今度は頬にキスをされた。
相変わらずいい匂いがする。
欲情を煽る匂いだが、ロビン本人はさっと立ち上がって、ここ展望室を出ようとしていた。
「ロビン」
「なぁに?」
振り返ったロビンの顔を見て一瞬で緊張してしまい、言おうとしてた言葉が出てこなかった。
「…いや、何でもねぇ」
「…そう。おやすみなさい」
ロビンの姿が見えなくなると、思わずため息をついてしまった。
全く情けねぇ。
俺を含め、この船の連中は普段言いたいことは言い合っているが、よりにもよって、己の恋人に一番肝心なことを自らの口で伝えていないのに気付いたのはつい最近のことだった。

俺がロビンに心底惚れているのは、誤魔化しようのない事実だ。
ロビンの前ではかっこつけたり、いつも目で追ったり、なるべく傍にいようと企んだり。
周りからはバレバレだったようだが、ロビンは気付いていないようだった。
俺から見れば、ロビンは高嶺の花のような存在で、俺から想いを告げるなど、逆立ちしても、天地がひっくり返っても無理だと思っていたが、同時にロビンへの想いを諦めることもできやしないと自覚もしていた。
だから、ロビンから赤い顔で告白されたときは、とにかく驚いてしまった。
島に上陸したときに、一緒に出掛けないかと誘われ、緊張しながらもロビンとの時間を楽しんだ。
そろそろサニーに帰ろうか、という時間に、ロビンが囁いたのだ。
「もっと二人でいたい。あなたが好きだから」
この上なく嬉しい言葉だった。
ロビンの肩を抱き、来た道を戻り、ホテルに入った。
無我夢中でロビンを抱き、ロビンもそれに応えてくれた。
「俺でいいのか?」
「あなたがいいの」
俺とロビンの関係はそこから始まった。

ロビンの心を、身体を知るほど、俺はロビンにのめりこんでいった。
この船に乗り、様々な出会いと経験を積んできたなかで、ロビンと出会い、旅をし、恋人となれたことは、間違いなく俺にとっての様々なきっかけを作り上げていると思っている。
俺のどこが、と疑問に思うこともあるが、いつもロビンは熱っぽい目で俺を見る。
その視線に俺自身も蕩けてしまう。
最初は面白がって見ていた仲間も、次第にその空気に慣れ、今では少し控えろと釘を刺されることすらある。

そんなある日、男連中だけで夜中まで飲んだときがあった。
船のこと、世間の事情、過去や未来の話。
真面目に話すこともあればバカらしい話もする。
さっさと寝ようと思っていたものの、ブルックから上等の酒を見せられれば断るわけにもいかない。
たまにツッコんだり、笑ったりしながら杯を重ねていった。
そして、ネタは女の話となる。
まあ男ばかりだとそうなるわな。
女もそうだろうが。
この手の話となると、俄然仕切り始めるのがコックだ。
女はこうすれば堕ちる!だの、愛情を長続きさせるには、だの。
特定の女もいないくせに。
そしてバカコックが力説し出したのが、「愛してるを言うタイミングと頻度が重要」。
軽々しく言うものでもない、だが適度に言わないと不安にさせる。
ベストなタイミングで言うと、より愛が深まる。
コックの言うことなんざくだらねぇ、と思っていたものの、俺以外の連中が揃って頷いているのを見て、思わず酒を煽っていた手が止まってしまった。
ルフィやチョッパーまで賛同しているのは何故だ?!
そしてそれ以前に、俺はアイツに好きだの愛してるだの言ったことがあったか?
…いや、多分ねぇな。
告白はアイツからだった。
俺は抱くことで応えた。
その後も口に出すのは照れ臭いということもあり、まぁ態度で分かるだろうと何も告げたことなどない。
だがもし、俺が何も言わないことで不安にさせているのだとしたら、それはやはり告げるべきだろう。
連中の笑い声を聞きながら、俺は人生で一度も口にしたことがない台詞を、最初にロビンに捧げようと決心した。
だが、たった一言なのに、これが思った以上に難しい。
こんなにロビンを想っていて、行動では毎日示しているはずなのに。
二人きりの時に何度も言おうとした。
でもロビンの顔を見るとダメだ。
普段は縁がない緊張というものが襲ってくる。
ロビンの反応がもしそっけなかったら。
空気が読めない奴だと愛想を尽かされたりしたら。
アイツらは、タイミングが重要だと言った。
どういうタイミングで言うのがベストなのかと、ウソップかブルックあたりに聞こうかと思ったが、一度も言ったことがないのか、と呆れられそうで止めた。
本を読んでいるとき、一緒に歩いているとき、抱いているとき 。
何度も言いかけては口を閉ざす。

もやもやする気持ちとは裏腹に、身体の方はいつもすっきりとしている。
トレーニングも順調だし、下半身も調度良い具合に発散出来ている。
夜中に展望室で落ち合い、濃厚な時間を過ごすのが一番の楽しみだ。
酒を飲みながらロビンを待つ。
昼間とは異なる色気に満ちた笑顔を見せながら現れたロビン。
その身体を腕に閉じ込める。
こんなとき、愛しくて堪らないという想いが溢れるものの、口に出せないところが臆病だと自分で情けなくなる。
顔を上げたロビンに唇を吸われ、応えているうちに、行動でしか愛情を表現できなくなってしまう。
「ゾロ、好きよ」
裸でマットに横たわり、俺を見上げるロビンが囁く。
こいつはこんなにストレートに告げてくれるのに。
それに喜び、満足している俺は、言われた方の気持ちは身をもって知っている。
だから俺もロビンに。
でもこんな良い女を目の前にすると、言葉がどうこう考えている余裕もないんだからしょうがない。
そしてロビンに覆い被さり、全身で愛を伝えることで満足してしまうのだ。

今夜もたっぷりロビンを堪能した。
激しく動いた後の、夜が明けるまでの気だるい時間は、何より幸福に包まれている。
大概俺の方が早く寝入り、ロビンが先に目を覚ます。
そして朝になると優しい声で起こされるのだ。
だが今日は寝付けなかった。
すやすやと眠っているロビンを見つめる。
ロビンの寝顔を間近でじっくり見たことも、そう言えばなかったかもしれない。
絹のような肌と、長い睫毛、赤い唇。
一つ一つを触れるか触れないかの距離でなぞる。
少し笑みを浮かべて眠るロビンは、とても幸せそうに見えた。
幸せなのは俺も同じだ。
それもこれも全部ロビンという存在があるからだ。
「…愛してる」
自然と言葉に出すことができた。
ロビンが眠っているときに言うなんて、とんだヘタレだな。
だが最初はこんなもんでいいだろう、と思ったら、安心して眠気が襲ってきた。

朝自然と目が覚めた。
ロビンはもうとっくに起きたらしく、腕の中にはもういなかった。
ロビンがいつも用意しておいてくれる水を飲み、ダイニングへ向かう。
全員が揃っていて、口々に朝の挨拶を述べる。
「おはよう、ゾロ。起こそうと思ってたところよ」
「ああ。ってか、どうしたお前…」
いつもの定位置ではなく、エプロンをつけてキッチンに立っているロビンと目が合った。
晩酌するときはたまに有り合わせのものでつまみを作ってくれることもあるが、主であるコックは、カウンターに座って紫煙をくゆらせている。
「たまには休んで、だとよ。ありがたいけど、ロビンちゃんのそのしなやかな手が荒れやしないかとオレは心配だ!」
「大丈夫よサンジ。あなたの料理には敵わないけれど、ちょっと作りたくなってしまって。ごめんなさい、あなたの場所取ってしまって」
「いいんだよ〜!エプロン姿のロビンちゃん、と〜っても素敵だよ〜!」
「ははーん。花嫁修業ってわけね?!」
「ロビン楽しそうだな!何か良いことあったのか?」
ナミとチョッパーの言葉にぎくりとした。
まさかコイツ、起きていたのか…。
ロビンは、どうかしら、とはぐらかしたが、何故か俺が連中からからかわれたり嫌味を言われたりするのが納得いかない。
「うっひょーー!!うまそーー!!」
ずらりと食卓に並んだロビンの料理は、お世辞じゃなく旨そうだった。
白飯に味噌汁はもちろん、焼き魚と冷奴といった朝食の定番はもちろん、おからや肉じゃがなどの和食の惣菜もあれば、サンドウィッチに野菜やベーコンなどがたっぷり入ったオムレツ、ハムステーキなどの洋食も並んでいる。
そして、俺やルフィの食に合わせたらしい、山盛りの肉の炒めものも。
そりゃ連中も感嘆の声をあげるわな。
「口に合うといいけれど…」
そう言いながら、ことんと俺の前に置かれた山盛りの飯と、朝っぱらから上等の酒。
「…おい、どうした?」
「あ!ゾロばっかずりぃ!何でそんな大盛りなんだ?!」
「朝から気前がいいな、ロビン。ゾロに何か借りでもあるのか?」
はっとしてロビンを見ると、にこやかに笑っている。
「うふふ。いくらウソップでも、勿体なくて言えないわ。ねぇ、ゾロ?」
こいつ、やっぱり起きてやがったか。
今更ながら照れ臭くなってきた。
そしてこれがロビンなりの嬉しさの表現なんだろうと思うと、この女に対する愛しさがこみ上げてくる。
「次は目を見て言ってほしいわ」
耳許で囁かれ、ああ、と答えると、お茶持ってくるわね、と背を向けた。
心なしか足取りが軽いのに気付いて、俺も笑ってしまった。
「ゾロ、どうした?食わねぇのか?」
「おいルフィ!食い過ぎだ!」
「ロビンちゃん、美味しいよ〜!君の愛情たっぷり頂いちゃったよ〜!」
「まぁ、お前の為ではないわな、コック」
「ヨホホ、ゾロさんが羨ましい…」
「ロビンはいいお嫁さんになるな!」
コックがプロの料理なら、ロビンは家庭の料理だ。
口一杯に頬張り、チョッパーの言葉に頷く。
遅かれ早かれ、ロビンは俺が嫁にもらう。
その時まで、たまには勇気を出して「愛してる」と言ってみるのも悪くないな。
次にロビンがどんな反応をしてくれるか楽しみだ。

END

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