剣と華

□オレンジ
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サニーは今春島の海域を航海中だ。
うららかな陽気が心地よい。
私は花にお水をあげ、展望台を見上げた。

そこでは今、ゾロが厳しい鍛錬を己に課しているだろう。
これまでは、たまにこうして展望台を見上げてはため息をついていたけど、今は幸せな気持ちでゾロの姿を思い浮かべられる。
つい最近のことだ。
私とゾロは想いを通わせ、いわゆる恋仲となった。

きっかけはついこの間の戦闘後。
その前日から私は体の異変を感じていた。
体が沸騰しそうに熱い。
風邪をひいたみたい。
子供の頃から、医者に行かせてもらったことなどあるはずもなく、自力で治してきたから、今回もそうするつもりだった。みんなには心配をかけたくないから、もちろん内緒。

朝起きたら頭がグラグラする。我慢我慢。
食欲があまりないけれど、我慢して朝食を食べる。
我慢してサンジの後片付けを手伝い、我慢して花にお水をあげ、我慢して洗濯。
そろそろ限界かも、というとき、無情に響く『敵襲!』の声。
我慢して戦闘に参加する。

どちらかというと好戦的な私は、戦闘の最前列にいるルフィやゾロと共に、敵船に乗り込んで行くことも多い。
ただ、今回はあの二人と一緒に闘うには不安があった。船に残って、サニーに飛び移ろうとしたり、背後から仲間を狙おうとしている敵を、海に落としたり、戦闘不能になるまで追い込んだりしていた。
相手の一人一人の力量はたいしたことはなかったけど、何しろ人数が多い。倒しても倒してもわんさかと涌いてくる。
「みんな!私は敵船に行くわ!」
大声で叫ぶとグラッときたが、何とかこらえる。
「分かったわ!」
「頼んだぞ!」
「気を付けて!」
みんなの声を背に敵船に乗り込む。
ルフィとゾロは私を見るとニヤリと笑う。
「ロビン!そっちは頼んだぞ!」
「おいでなすったな!待ってたぜ!」
こうしてみんなに戦闘力を評価されるのは嬉しい。
「まかせて」
倒れそうになる自分に叱咤し、集中力を高める。
どれほどの敵を倒しただろうか、ずっと能力を使い続けてきたこともあり、疲労が襲いかかってきた。まだか。まだ終わらないのか。
すると、ゴツゴツと靴音が近づいてきた。この足音はゾロだ。
それと同時に私の体温はさらに上昇する。
この頃の私は、ゾロを一人の男性として意識していた。強さと優しさを兼ね備えた男。彼のすべてを、私のものにしたい。
ゾロはキッと私を見たあと、くるりと背中を向け、私と敵の間に立ちはだかった。
「俺のそばから離れるんじゃねえぞ」
ドキッとした。気付かれたのだろうか。
ゾロからは見えてなかったかもしれないが取り敢えず頷く。
彼の逞しい背中を見ながら、敵が降参するまでできる限り戦い続けた。
敗走する敵船を眺め、仲間が奪ったお宝に目を奪われている声を背後に聞きながら、私はそっと意識を手放した。

気付いたら、保健室のベッドに寝かされていた。
おでこの上には冷たいタオル。
「起きたか?」
ベッドの隣にはゾロがいた。
ぼぅっとしながら頷く。
「倒れるまで無理しやがって」
そう言うとそっと私のほほに指を触れた。
冷たい。きっとタオルを幾度も濡らしてくれていたのだろう。
「みんなは…?」
「寝てる。もう深夜だ」
どのくらい眠っていたのだろうか。心配をかけないようにという気持ちが裏目に出てしまい、かえって迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい…」
「いや、俺こそ戦闘を煽るようなことを言った。早く気づいてやれればよかった。すまん」
「いいえ。助けてくれてありがとう。ばれないようにしていたつもりだったけど…手を抜いてるように見えたのかしら…」
「…いつもより、手が咲くのが一瞬遅いように感じたからな。調子でも悪ぃのかと…」
ゾロはそう言うと、私の目をじっと見つめる。
「お前が強いのは分かっているが…これから俺の目が届く所で戦え。何かあればすぐ助けに行く」
今回の件で彼の信用を失ってしまったのだろうか。
落ち込んでしまい、唇を噛んで目を逸らしてしまう。
「勘違いすんな。お前を守りたいだけだ」
再びほほに手を添えられ、目を合わせられる。
そんな事をされたら余計に熱が上がってしまう。
「ゾロ…私のそばにいて…。あなたと離れたくないの…。好きなの…あなたの事が…」
熱で浮かれてるわけではないはずだけど、思わず口から出た台詞に自分でも驚いたが、ゾロの口から出た台詞にまたも驚く。
「知ってる」
にやっと笑って、おでこの上のタオルをどけて、軽く唇を寄せられた。
「俺はお前をずっと見てた。俺もお前と同じ気持ちでいたんだ。気付かないわけねぇだろ。先に言わせて悪ぃ」
そう言うと、もう一度唇を落とす。
「あまり病人を刺激しちゃいけねぇな。もう寝ろ。ずっとここにいるから」
温くなったタオルを濡らしておでこに乗せるとポンポンと軽く叩く。
「…ええ、そうするわ。明日チョッパーとみんなに謝るわね」
「分かってんならいい」
彼の眼差しはとても優しい。
ひんやりとしたタオルの気持ち良さと、心に安らぎを得たことで、眠たくなってきた。目を閉じながら言う。
「好きよ、ゾロ…」
「ああ。ロビン、俺もだ…」

翌朝目覚めると、嘘のようにすっきりとしている。
チョッパーの薬と、ゾロの介抱のおかげだろう。
ゾロは昨日の言葉どおり、一晩中そばにいてくれたようだ。私の寝ていたベッドに臥して、いびきをかいて眠っていた。
昨日のことが夢のようにも思えたが、私が動く気配で目覚めたゾロは、私の顔を見ると、昨日見た優しい笑顔で頭を撫でてくれた。夢じゃなかった。実際に起こったことなんだ。思わず泣きそうになったがこらえた。

二人でラウンジに行くと、口々に、大丈夫か、とか心配した、等と言われたが、みんな笑顔だった。一番心配したであろうチョッパーと、船長のルフィに頭を下げる。元気になってよかった、もう無理すんじゃねえぞ、とにししと笑われた。


それがつい最近のこと。
私とゾロが想いを通じ合わせたと同時に、一味公認の仲にもなってしまった。ゾロの性格を思っての事か、からかわれることはないが、温かく見守ってくれている。その心遣いが嬉しい。
その一件と、それから間もなくして体全体で知ったゾロの温もりを思い出し、私の足は展望台へと向かった。

扉を開けると、部屋中に夕焼けのオレンジの光が満ち溢れている。ゾロはその真ん中で素振りをしていたが、私に気付いて中断する。
「ごめんなさい、邪魔して。入ってもいい…?」
「ああ」
許しを得たので中に入る。ゾロは刀を鞘に納めると、水をゴクゴクと勢いよく飲み干す。
汗と夕焼けの光で、ゾロの体がキラキラと輝いている。ただでさえ、美しく鍛え上げられた肉体なのに、更に輝きを増して目を奪われる。顎の先から流れ落ちる雫が床にポトリと落ちる様も、スローモーションで見ているように感じる。
私が見ているのに気付いたのか、どうした、と声をかけられる。何でもないわ、と言うと、今度はタオルで汗を拭き始める。ふわふわしたタオルが、さっと体を拭いただけでじとっと重たくなるのが分かる。一挙手一投足に思わず見とれる。
「おい、どうしたんだ」
再び声をかけられ、ゾロと目を合わせる。

ああ、なんて綺麗なんだろう。
目も、鼻も、唇も、顎も、耳もゾロを成す全てが綺麗。
目を逸らすことができない。
彼はとても眩しすぎるのに。
言葉も出てこない。
伝えたい言葉はたくさんあるのに。
ゾロも私をじっと見つめている。真剣なようで、優しいようで、今何を考えているのか全く読めない。
どのくらいの間、そうしていたのか。
最初に動いたのはゾロだった。
クククッと笑いだしたのだ。
「どうしたの?」
「いや…お前、綺麗だよな」
そう言うと私の手を軽く引っ張り、そっと体を抱き寄せた。汗が揮発しているのか、少しひんやりしている。私もゾロの体に手を回す。
「悪ぃな、汗臭ぇだろ」
「いいえ、あなたの香り、とっても落ち着くわ」
「俺は贅沢だな。こんないい女をそばに置いとけるなんてな」
軽く頭を撫でてくれるのが気持ちいい。
「私、さっきあなたに見つめられた時…」
「おう」
「あまりの熱さに溶けて小さくなりそうだったわ」
そう言うと、ゾロはハハハッと豪快に笑った。
「それもいいな。小さいお前をポッケに入れて持ち運べるなんて最高だ」
その姿を想像したのか、今度は二人同時に笑い出す。ああ、なんて幸せなんだろう。
「でも、こうして体全体で私に触れてほしい」
「そうだな。この柔らかさに触れられないのはちともの足りねぇかもな」
ゾロの私を抱く力が少し強くなった。

いつの間にか、オレンジの光は、闇にとって代わられつつある。幸せな時間は過ぎて行くのが早い。
「そろそろ夕ごはんね。お腹すいてきたわ」
「その前にちょっと食うか」
少し体を離してゾロの顔を見る。
「何を?」
「お前を」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべるゾロは、少年のように可愛い。
「どうぞ召し上がれ」



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エピローグ

「「「いただきまーす!!!」」」

「あ、ゾロとロビンはまだか?」

「さっきロビンが展望台に上がっていったの見たわ。まだ二人でいるんじゃない?」

「くぅ〜〜!!クソマリモの分際でよくもロビンちゃんとぉぉぉ!」

「おれは二人の仲が良いのは嬉しいぞ!」

「いいや!オレは許せん!ロビンちゃんを奪い返してくるぞ!」

「やめとけサンジ。今頃ゾロがロビン食ってるかもしんねぇぞ!!」

「…!!くぉらルフィーー!分かってるが認めたくないこと言うんじゃねーー!」

「にししし!」


END

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