剣と華

□真実を知る者
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初めて会ったときから、何となく気に喰わねぇヤツだった。
オレと正反対のタイプだからかもしれねぇ。

レディを敬わないヤツは、男の風上にもおけねぇ。
頭でっかちで、戦闘にしか興味がねぇし、己に他人に厳しい。
他人を巻き込んでまでも、自覚がねぇくらいの方向音痴。
飯を食い損ねるくらいにいつでもどこでも眠りやがる冬眠野郎。

だが、 夢をひたむきに追う姿は馬鹿にできねぇ。
基本、楽天的で、ともするとだらけがちになる一味に時にいいタイミングで喝を入れ、気を引き締めさせる。
食後は必ず、旨かった、ごちそうさんと手を合わせてくれる。
男として、海賊として、一目置くところはある。

そんなある日のことだ。
オレは食後の後片付けを終え、新しいレシピの開発をしていた。
マンネリしたメニューを出すわけにいかない。プロだからな。
あいつらの喜ぶ顔が見たいんだ。

エネルギーになって、なおかつ舌を満足させて腹一杯食えるものを。
冷蔵庫の中身を確認しながら、頭の中で味と盛り付けを思い描く。
すると、キッチンの扉が開いた。
見ると、緑頭の隻眼の男。
一味が寝静まっても、オレは一味の腹と心を満たす為に、ゾロは一味を三本の刀で守る為に、手段は違うが共通の目的を持って己に磨きをかけている。

「よう、お疲れ。終わりか?」
「ああ。水でいい。一杯くれるか」
普段、喧嘩することの方が多いが、周りに誰もいなければ会話は普通だ。別に嫌いってわけじゃねぇし、喧嘩する理由がなければ何もしない。ただの仲間だ。

冷蔵庫のピッチャーから水をグラスに入れる。
水と言っても、特製の水だ。
レモンを軽くしぼり、砂糖を少々入れたもの。
爽やかで味もいい。
ほらよ、とグラスを置くと、律儀にすまんな、と受け取り、ゴクゴクと半分ほど飲む。
じっとグラスを見ると、サンキュ、と薄ら笑いを浮かべて礼を言う。
こう言うところがあるから、コイツを嫌いになれない。

「お前はまだ仕事が残ってんのか?」
「ああ、まぁな。いや、急ぎじゃねぇんだが、やれるうちにやっておきたくてな」
「そうか…」

そう言うと、ゾロは残った半分の水も一気に流し込み、いつものように、旨かった、と手を合わせる。
腹減ってないか?飯あるぜ、と聞くと、貰うと言うので握り飯を出すと、これもまた旨いと言いながらペロリと平らげる。

ん…?なかなか席を立たないな。
どうかしたのか、と見てると、くるっと振り返ったゾロは、話を聞いてもらいたい、と頭を下げてきた。
何だ何だ?オレに相談か?珍しいじゃねぇか。
ま、素直に言えば、断る義理はねぇ。
飲むか?と酒を見せると、ああ、と笑うので、肉と野菜で作ったつまみを出し、付き合ってやることにした。

「恥を承知で言う。だが、自分で自分が分からん」
ゾロの向かいに座ったオレは、自分で紅茶を入れ、まず話してみろ、と促した。
自分から切り出したものの、なかなか話し出さないゾロ。
酒を煽って、つまみを口に運ぶ。
お前は食わねぇのか?とつまみの皿を寄越されるが、腹が一杯だからこれで充分だ、と紅茶のカップを掲げる。
大人しく待ってると、やっと口を開いた。
「あの女が…ロビンが…頭から離れねぇんだ。苦しくて、発狂しそうになる。何なんだ、これは…」
本当に苦しそうな表情でのたまう。
ふぅ、やっと自覚したか、このねぼすけは。

実は、オレはゾロがロビンちゃんに惚れてるんじゃないかとずっと前から見抜いていた。
話ってのも、ロビンちゃんのことだろう、と目算はついていた。
誰でもない、オレを選んで相談してきたところは褒めてやる。自分で言うのも何だが、適任だろうな。

「遅かれ早かれ、お前が悩む羽目になるだろうとは思ってたけどな。やっとか。」
「…どういう事だ」
眉をひそめるゾロ。オレはフゥーッと煙草の煙を吐き出す。
「お前は、彼女を最初からレディとしてみてたからだ」
ゾロはさらに眉間のしわを深くする。
しょうがねぇ。説明してやるか。
「敵だった『女』。信用ならない『女』。戦える『女』。だが一方で守るべき、助けるべき『女』。つまり、そう言うことだ。」
今度は首を傾げやがる。まったくこの男は世話がやける。
「仲間として受け入れなかったことが、結果としてレディとして意識することになったんじゃねぇか。事実、ナミさんやビビちゃんは、仲間として見てるから、レディとして意識はしてねぇはずだ」
そう言うと、やっと、ああ…、と頷く。

「惚れてんだよ、お前は。ロビンちゃんに。」

ビッと指を指すと、目を丸くする。
「…女なんて必要ねぇ」
「まぁ、そうだろうな。お前の気持ちは分からなくもねぇ。だが本音は、ロビンちゃんの存在が必要なんだよ。だから、必要ないと思い続けてた自分自身と葛藤してんじゃねぇのか?」
「…。」
沈黙するゾロは、頭を抱えだした。
こいつにとって信じられるものは、仲間と己の信念、そして己の強さ。必要なものも同じだろう。
特別なレディは、時として男の、ゾロの弱みになってしまう。それをゾロは恐れ、避けていた。
ただ、避けるということは、裏を返せば意識していることになる。
意識していることに悩んでいるんだ。

この二人の間には決して距離があるわけではない。
最初にあった壁は完全に取り払われており、昨日もチョッパーを加えて3人で町へ繰り出したのを見送った。ただ、仲間以上の一線を越えていいものなのか。という迷い。

「…ロビンが俺にとって、確かに特別な女なのは分かった。惚れてるっつうのは…」
「ロビンちゃんにお前と同じ気持ちを返されてぇと思うか?」
「…思う」
「ストレート言わせてもらうと、抱きたいと思うだろ?」
「…ああ」
「そう言うことだ」
「…なるほど」
何かを悟ったのか、酒をぐいっと飲み干した。

「修行中の2年間、剣を握っている時以外はロビンのことを考えずにいれなかった。何を見ても、ロビンを思いだしちまう。花とか、月とか、その辺の石ころとかもな」
あー、そう言えば、こいつは一番最初に飛ばされてたな、シャボンディで。
ルフィの受けたダメージを代わりに受けたこいつの体は相当ボロボロで、半分意識がない状態でパッといなくなった。
「まずお前が飛ばされたからな。あの後、一味が無事かどうか、全く知らなかっただろうしな」
「ああ…もちろん、全員の身を案じたが、ロビンが無事でいるかどうか、それがどうしても気がかりだった」
「それで、自覚したからにはどうするつもりだ?」
空になったゾロのグラスに最後の酒を注ぐ。
「どうするっつったって…」
「お前、自分の気持ちが分かった途端、逃げるつもりじゃねえだろうな?」
睨み付けると、睨み返された。何でだよ、アホか。
「逃げねぇよ、ただ、どう伝えればいいか分からん」
まさか、歯の浮くような台詞を言う訳じゃねえだろうな。マリモの柄じゃねぇよ、全く。
「大人なレディには、お前みたいな不器用なヤツほど伝わりやすいかも知れねぇぞ」
「…そうなのか?よく分からん」
「まぁ、当たって砕けろだ。オレを見ろ、毎日当たっては砕け散ってる。でも本気だし、砕け散ったたことに後悔はしてねぇ」
ゾロはふん、と鼻で笑うと、確かにな、と酒を一口飲み、確かに砕け散ってると今度は笑い出しやがった。うるせぇな!この野郎!と言いつつ、オレも笑う。
「分かった。やるだけやってみるとするか」
席を立って皿を運ぼうとするので、そのままでいい、と言うと先に寝るぞ、とキッチンを出ようとする。

「おいゾロ」

あーあ、呼び止めちまった。オレってばお節介?
「…悔しいが、ヒントだ」
ゾロが顔をしかめる。
何のことだ?って顔だな。
「お前が今食べたつまみはロビンちゃんの手作りだ。酒も彼女が島で買ってきた。もちろん、お前の為にだ」
顔中で驚きを表現するゾロ。まだ終わりじゃないぜ。
「最初に飲んだ水も、握り飯も。ロビンちゃんがお前の為にと作ったもんだ。だから、オレは食えなかった。分かったな。お前はロビンちゃんの気持ちをすでに受け取ってるようなもんなんだよ」

サンジ、キッチンを少し貸してくれないかしら…?
ゾロ、まだ鍛練してるの。体を壊さないといいけど…。
お腹が空いているようだったら、これ食べてもらって。
余ったら、明日私が食べるわ。
あの人、このお酒大好きなのよ…
私が作ったのは内緒にしてくれる…?恥ずかしいから…

「オレが寝るときになってもお前が来なかったら、展望台まで持ってくつもりだった。お前は幸せもんだ、こんなに想ってくれるレディがいて。これがオレからのヒントだ」
そう言うと、じっとオレを凝視していたゾロは、にかっと笑って言った。
「サンキュー、サンジ」

次の日、朝飯を食べ終わって、オレの後片付けを手伝ってくれていたロビンちゃんをマリモが呼んだ。
何を話してたのかは知らねぇ。
でも、その日風呂上がりにキッチンに行くと、テーブルの上に『サンジへ ありがとう』と書かれた手紙と握り飯が置いてあった。
そして、冷蔵庫には毎日『ゾロ専用』と書かれた水のピッチャーが入ってるようになった。


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エピローグ

「ゾロとロビンって、意外とお似合いだったのね」

「マリモにはもったいないけどなぁ…あーあ、なんでオレ協力しちゃったんだろ…」

「サンジ君、いい人だったのね。少し見直したわ」

「本当?!ナミさん!惚れ直した?!」

「…ううん、見直したって言ったんだけど…」

「おんなじことさ!そっかー、ナミさんはオレに…」

「だから違うってば!!」



「あの二人はまだ時間がかかりそうね…」

「まぁ、コックはサービス業だからな。自分の事は意外と苦手なんじゃねぇか?」

「でも、サンジがナミを追っかけ回すのを見るのは好きだわ。このまま片想いでもいいんじゃ…なんてね」

「てめぇ、いい性格してんな…」


END

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