剣と華

□知らぬが仏
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突然女が言った。
「剣士さん。あなたのその目、私、好きよ」

何なんだ急に。
女は俺から目を反らそうとしない。

夜のラウンジ。
何故か誰一人として外に出ようとせず、トランプなんかで盛り上がっている。
さっきまで見張りをしてた俺と、風呂に入っていた女だけが入り損ね、連中の輪から少し外れたところにいた。

「剣士さん。今日は少し寒いから見張り大変だったでしょう。私はコーヒーを淹れるけど、剣士さんもいかが?」
確かに雪が降りそうな寒さだ。少し体が冷えていたのでありがたく申し出を受ける。
「ああ、頼む」
女はニコッと笑うとやかんに水を淹れ、火にかける。
コンロのカチッという音で、コックが反応する。
「ああー!ロビンちゃん!俺に言ってくれればやるのにー!」
「いいの。これぐらいできるわ。それよりほら、頑張って」
「よし!ロビンちゃんの熱い声援を受けた俺は今最強になった!どりゃー!」
アホコックの雄叫びがこだまする。
全く。耳を塞ぎたくなるな。

ほのかにコーヒーのいい香りが漂ってきた。
コポコポという音が耳に心地良い。
「ブラックでいいのよね」
「ああ」
コトンと目の前にカップを置かれる。
礼を言うと、女は俺の目の前に座る。
座りながら冒頭の台詞だ。
突然言われて驚いたが、女はじっと俺の目を見つめて静かに微笑んでいる。
女にそう言われれば、男として返さなければならない。

「俺はお前の全部が好きだ、と言ったら?」

今度は女が驚いているようだ。
冗談ではない。俺の本音。
女の何もかもが俺を捕らえて離さねぇ。
あいつらがいる前で堂々と告白。
声をひそめることもしねぇ。
連中はゲームに夢中になっていて、全く聞いていない。
「さっきの言葉を撤回するわ」
女が口を開く。
「あなたの全部が好きよ」

それからお互い沈黙を続ける。
照れだろうか、今は視線をさまよわせている。
「はいあがり!おっ先ぃ!」
「ナミ、お前イカサマしただろ?」
「ルフィこらてめぇ!ナミさんに向かって何だ!」
「おお?小娘のくせにやるじゃねぇか」

あいつらはいちいち騒々しい。
いつもならキレそうになるが、今はこの喧騒が何故か落ち着く。
「…いつからだ?」
「あなたと初めて会ったとき、雰囲気が気に入ったわ。意識しだしたのはジャヤから…かしら」
「そうか」
お互いコーヒーを啜る。
そしてまた沈黙。

「やったぞ!2番だ!」
「何だよーチョッパーにも負けちまったぜ!」
「おいウソップ!オレをばかにしてんのか?!」
「あ〜らウソップ。その手札じゃ何年かかってもあがれないわよ〜?!」
「こら見んじゃねぇ!」

「剣士さんは?」
「…初めて見たときだ。俺好みだと思った。カジノで檻に入れられて、クロコダイルと並んでるお前を見たとき、あの男に嫉妬した」
「フフフ。そう…」
また沈黙。
チラチラと相手の顔を伺い、目が合いそうになったら慌てて反らす。

「オリャーー!どうだ!3番いただき!」
「やったなサンジ!」
「お、おれもあがりだぜ!すまねぇな!」
「フランキーもか!チクショウ!ルフィには負けらんねぇぜ!」
「何だとウソップ!勝負だこの野郎!」
「負けた方は次の島お小遣いなしよ?!」
「「鬼ーーー!!」」

ラウンジのオレンジ色の仄かな明かりがやわらかく俺たちを照らす。
コーヒーは冷めかかっているが、心をじんわり温めてくれるようだ。
あいつらの喧騒も、微笑ましく思える余裕。
「…このあと少し飲まねぇか?」
「ええ。喜んで」
「ロビン」
「なにかしら?」
「…名前で呼んでくれ」
「…ロ。…ゾロ」
「何だ?」
名前を呼べ、とだけ言っておいて。
さらに会話を続けることを望む。
空になったカップを意味もなくクルクル回す女。
恥ずかしいのだろうか、俯いていて表情が見えない。

「よっしゃぁーーー!あがりーーー!」
「ぐわぁーーっ!オレが…ルフィに…負けただと…?!」
「ご愁傷さま!お小遣い一人分浮くわー!ロビンと洋服でも買いに行こうっと!」
「お供しますナミさん!ぜひお二人の荷物持ちに!」
「危なかったぜ!怖ぇな、この船は!いい年して小遣い無しなんてやってられねぇぜ」
「元気出せよウソップ!おごってやるからな!」
「おぉぉチョッパー…。おめぇはいいやつだなぁ…。トナカイのくせに…」
「はっはっは!出直してこいよ!」

「好きよ」

盛り上がりの中で生じた一瞬の沈黙。
ロビンのその一言は、思いがけなく部屋に響いた。
「ロビン、何が好きなんだ?」
チョッパーが無邪気に問う。
「え?あ、航海士さんとお買い物に行くのが好き、って話をしてたのよ」
「そっかー」
「ほんと?嬉しい!次の島までもう少しだから。また見立て合いしましょ!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
…うまくはぐらかしたようだな。
まぁ俺も、意外と響いた言葉に少し緊張したが。
さぁ寝るか、とわらわら部屋に向かう連中。
「ロビンちゃん、ねぼすけ菌が移らないうちに早く休んでね〜」
「ロビンお先ー」
「ゾロ見張りよろしくな!」
「サニーを頼んだぜ!」

「ああ」
「おやすみなさい」

バタンと扉が閉まった瞬間、俺とロビンは再び見つめあう。
駄目だ。見てるだけじゃ物足りねぇ。
ロビンに触れたい。
ガタンと勢いよく立ち上がったのはほぼ同時だった。
お互いゆっくり手を伸ばす。
指先が触れようとした瞬間。

「おいゾロ!」
バタン!と勢いよく扉が開いた。
「…何だ、ルフィ」
ちっ。邪魔しやがって。
もちろん言わないし、顔にも出さない。
「ロビンのこと頼んだぞ!」
…この船長。アホなフリしてやっぱり回りをよく見てやがる。
「…分かってる。だから今日は邪魔すんじゃねぇぞ」
「ナハハ!悪ぃ悪ぃ!じゃあロビン!おやすみ!」
「フフフ。おやすみなさい、ルフィ」

もう邪魔は入んねぇよな。
今度こそロビンに触れる。
離さねぇぞ。何があっても。
ずっと俺を見ててくれ。
笑い声を聞かせてくれ。
こうして俺に抱かれててくれ。
ずっと。ずっと…。


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エピローグ

「こらルフィ!あんたなに急に戻ってんのよ!」

「いいじゃねぇか。おれは船長としてだな…」

「あいつら、オレ達が聞いてないとでも思ってたのか?ったく、二人の世界に入りやがって…。おいサンジ、いい加減涙拭けよ…」

「ああああロビンちゅわ〜ん!何故オレという男がいながらあんな緑頭に…?!」

「よく耐えたな、ぐる眉。大人だぜてめぇは」

「ロビンちゃんの笑顔の為なら…うぐっ…ナミさん慰めて…」

「馬鹿言ってないで、ほら解散解散!はい、おやすみ!」

「おやすみ!」

「ナミさんまた明日ね!」

「はいはい、おやすみ!」

(よかったわね、ロビン…おやすみ…)



END

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