剣と華

□HOT or COOL?
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私が麦わらの一味に強引に仲間入りし、早速私の知識を役立てる時がきた。
変わった人達と出会い、無法の島に上陸し、掴んだ空島への手掛かり。
空を飛ぶ船に初めて乗り、思いがけず興奮する。
真っ白い雲の海に、少し心も洗われたのか、よりにもよって、私を警戒している男に思わず本音を漏らした。
男、つまり剣士さんは首を傾げていたけど。

ここでキャンプファイヤーというものを初めて経験した。
燃え盛る炎の熱と、美味しい食事に美味しいお酒。
初めこそ戸惑ったものの、炎を囲んで踊り出す一味や動物たちを見て、思わず笑みが零れてしまう。
お酒を飲みながらその光景を眺めていたのだが、剣士さんも輪の中に入るタイプではないのか、少し離れたとこで目を細めて炎を見つめている。
初めて見るその優しい顔に思わず見入ってしまった。
睨む顔やしかめっ面しか見たことがなかったから。
顔がみるみる熱くなる。
炎の熱さなのか、酔いなのか、それとも感情がもたらす熱さなのか分からない。
動揺して一気にお酒を流し込むと席を立つ。
顔の火照りを冷まそうと森の中へ足を踏み入れた。

森の奥の方は炎も届かず、ひんやりとしている。
木にもたれかかると、体の熱を吸い取ってくれてるようで気持ちが良い。
思わず目を瞑る。
しばらくそうしていると、茂みからがさがさ音がした。
音の様子と殺気は感じないことから、恐らく小動物だろう。
案の定、ぴょこっと出てきたのは小さなウサギだった。
ウサギは私を見ると驚いたのか、逃げようとする。
だが、後ろ足を引きずっているようだ。
私が立ち上がると、ウサギは観念したのか、恐怖で身がすくんでいるのか、動こうとしない。
傍らにしゃがみ、そっと抱き上げると小刻みに震えている。
近寄ってみて分かったのだが、後ろ足はベッタリ血に染まっていた。
「可愛そうに。猛獣に襲われたのかしら…」

この世は弱肉強食。
弱い者は強い者に食われる。それが運命。
そんなことは分かっているけれど、孤独に生きてきた私は、動物だけが心の拠り所だったし、大人がよってたかって幼い私を狙う環境から逃げ続けてきたこともあり、これが運命だ、と放っておけないところがあった。
ポケットからハンカチを取りだし、怪我をしている足に巻く。
こんなのでいいのかしら。
船医さんに診てもらおうかしら。でも。
どうしたらいいか分からず、ただじっとウサギを撫で続けていた。

「そいつをどうする気だ」
不意に後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと、仏頂面の剣士さん。
いつもの見慣れた表情だ。
「え?どうするって…どうやって食べようかと…」
少し気まずさもあってか、とんでもないことを口にしてしまった。
「嘘をつけ。その足に巻いてるハンカチはなんだ」
苦笑いしながら顎でクイッと指される。
こうなったら、と正直に話すことにした。
「あ…あの…この子をどうしようかと。このまま逃がすか、船医さんに診てもらうか…」
目を反らしながら話してみる。
剣士さんは何も言わない。
「…やっぱりおかしいかしら。この子はいつか猛獣に食べられちゃう運命だし、わざわざ助ける必要なんてないわよね」
そっとウサギを地面に置く。
ウサギは逃げることなく、じっとしていた。
もう一度抱き上げたい衝動に駆られる。

「その考えには同感だ。だが、どうするかはお前が決めればいい」

私はどうしたいか。
運命だと見放すのか。
命を少しでも先延ばしにしてあげたいのか。
また自分と重ねてしまった。
一度は捨ててもいいと思った命でも、こうして冒険を楽しんでいる自分がいるのは確かだ。
このウサギは…?
ルフィが私を助けてくれたように。
私もこの子を。
再びウサギを抱き上げた。

「船医さんに…」
「おう。決まったら行くぞ」
あらぬ方向に向かって歩き出した剣士さんの服を生やした手でひっぱる。
「どこに行くの?さっきのとこに戻るのでしょう?こっちよ」
「あ、ああ…」
「全く世話の焼けること」
「う、うるせえ!」
ウサギを抱え、剣士さんの腕を生やした手でひっぱりながら、暗闇の森の中を歩く。
「あなた、私を監視しについてきたのでしょう?」
「そうだ」
「隙を狙って皆殺しにするとでも?」
「さあな」
「そんなことできるわけないわ」
「能力的には可能だろ」
随分と疑われたものだ。
少し気落ちしてしまう。
自分としては楽しんでいたから猶更。
空島に着いた時、剣士さんに言葉でも伝えたはずなのに。

「明日は黄金探しだ。お宝探しとくりゃ、頭が回る奴も必要だからな。てめぇの能力…悪魔の実の方も、知識の方もな、活用させてらうだろう」
「そう。怪しい動きを見せたら私を殺すのではなく、牽制しようとしてたのかしら」
「まぁそういうことだ」

先程の場所に戻ると、すでに火は消え、一味は眠りについていた。
テントの横に箱を置き、ウサギを入れる。
猛獣は恐らく来ないだろう。
来たとしても殺気でわかるはずだ。
ぷるぷる震えているウサギをそっと撫で、おやすみなさい、と声をかける。
じっと見ていた剣士さんの方にも向く。
「おやすみなさい。明日はよろしくね」
「…ああ」

次の日、ウサギが気になって、早く目が覚めてしまった。
箱をのぞくと、ウサギはそのままで安心した。
膝の上にのせて撫で続けながら、船医さんが起きるのを待つ。
すると続いて起きてきたのは意外なことに剣士さんだった。
「あら、おはよう。早いのね」
「…眠てぇんだがな。寝られん」
「私が何するか気になって?」
「…さぁ」
剣士さんはそのまま素振りを始めた。
起き抜けでトレーニングを始めるなんてたいしたものだ。
眠そうに眼をこすりながら起きてきた船医さんを見つけると、ウサギを抱いて駆け寄る。
船医さんはウサギを見ると、パッと医者の目になって、診察を始めてくれた。
「傷は深いけど、血はもう止まってるし大丈夫。ハンカチで圧迫されてたからな。ロビンの応急処置がよかったからだ」
「そう、よかったわ」
「一応縫合しよう。麻酔を使うといざという時逃げられないと困るからこのままやるよ。ロビン、暴れないように押さえててくれるか?」
「ええ。よろしくお願いします。船医さん」
「おう!」

私と船医さんでごそごそやっていると、他のクルーも起きてきて、何をやっているのかとのぞきこんでくる。

「うわっ!ひでぇ傷だなぁ。治るのか?」
「かわいそう…。チョッパー頑張ってね!」
「ロビンが助けたのか。元気になるといいけどな」
「何か餌になるもん持ってくるな。やっぱ人参がいいのか…?」

この一味は、どうも海賊とは思えない温かさがある。
海賊と言っても色々あるだろうけど、ここまでお人好しが集まった海賊団は見たことがない。
少なくとも、私が関わった海賊団では、だけれど。

コックさんが持ってきた人参とキャベツに、船医さんの薬を混ぜ、ウサギに食べさせると、凄い勢いで無くなっていく。
ルフィみたいだな、と長鼻君が言うと笑いが起こる。
餌を食べきったウサギは、ピョコピョコと森の奥へ消えていった。
「大丈夫そうだな!」
「そうね。さすが船医さんだわ。ありがとう」
「誉められても嬉しくねぇぞ!この野郎!」
「助けてあげたロビンのお手柄でもあるだろ。お前やっぱ優しいよなー。おれのことも助けてくれたしよ」
ルフィがご飯を口いっぱいに頬張りながら私に声をかける。
うんうんと頷く一味。
剣士さんは、じっと私を見ている。
その表情からは、何を考えているか全く読めない。
「そんなことは…でもありがとう」
血がベットリついたハンカチを処分し、手を洗って私も朝食を摂ることにした。

テントを片付けたり、荷物を纏めたり、出発の準備をしていると、剣士さんが歩み寄ってきた。
「おい」
「…何かしら」
剣士さんは目を反らせていたが、決心したように大きく息を吐くと、私をじっと見つめる。

「完全にはお前をまだ信用したわけじゃねぇが…必要以上に監視をすることは止める」

わざわざそんな宣言など必要ないのに、なんて律儀な人なんだろう。
「そう。ありがとう」
剣士さんは、私を見つめたままだ。
何なのだろう、と小首を傾げる。

「変な女…」
ボソッと聞こえた剣士さんの言葉に今度は目を丸くする。
「あら、どうして?」
「ウサギはどうせ喰われる運命だと…俺も同じ考えだった。他の連中なら迷わず助けるだろう。価値観は俺と同じだが、とった行動は結局あいつらと同じだった。連中のそんな甘さも嫌いじゃねぇんだが」
少し穏やかな表情になって、剣士さんは続ける。
「あいつらと一緒じゃなくても、少なくとも俺と同じ価値観というのは分かったからな。ウサギが怪我をしてると分かった時点でためらいなくとどめを差すやつもいるだろうが、それだとこの一味の誰とも合わねぇだろう。お前は甘えがあるのかないのか、よく分からん」

それが『変』という評価になるのだろうか。
どうせなら剣士さんに今評価してもらおうか。
私はぎゅっと剣士さんの手を握ってみた。
「お、おい!何だよ!」
あら、意外だわ。照れてるみたい。
「私の手は冷たい?それとも温かい?」
「はぁ?!…まぁ、冷てぇな…」
手を振りほどきもせずに、素直に答えてくれる。
「手が冷たいというのは、心が温かいと言われてるわ。逆に温かいと冷たい心、だと」
「…ただ単に冷え性なんじゃねぇのか?!」
胡散臭ぇな、というような歪んだ表情で苦笑いする剣士さん。
ひどいわ、と言いながら思わず笑ってしまった。
「この一味に加わって、冒険を楽しんでるのは本当よ。みんなの温かさも心地良い。今日は頑張って黄金探し一緒に頑張りましょう。航海士さんの雷は怖いわ」
「そうだな、あれはちょっと厄介だな…頼りにしてますぜ、副社長」
「…あなた、ただ怖い人なんだと思ってたけど、意外と面白いのね」
剣士さんはプッと笑って、伸びをしながらくるりと背中を向けた。

黄金探しに出発した私たちは、途中大蛇に襲われてはぐれてしまったが、無事再会を果たせた。
だが、私は航海士さんの雷が落ちる前に、本物の雷を受けてしまった。
倒れこむ私を抱き止めてくれたのは剣士さんだった。

ルフィと自称神が戦っている最中、剣士さんが一味を纏めていた。
ルフィがいないときは見事なリーダーシップだ。
私もできる限り協力する。
死闘の末、ルフィが雷に勝利を収めて黄金の鐘を鳴らし、人種の壁を超えた大きな宴が開かれた。
大分酔いが回ってきた頃、ジョッキを持った剣士さんがどかっと横に腰を下ろす。
「お疲れさま」
「ああ」
「楽しかったわね」
「あんな目に合っといて『楽しい』か。相変わらず変な女だな」
にやっと笑う剣士さんのジョッキが空だったので注いであげると、お前も飲め、とお酌を返される。
ふと、剣士さんが私の手を握る。
「お前、やっぱ冷え性だろ」
私は声をあげて笑ってしまった。
「いいえ、心がとーっても温かいのよ」
「ああ、はいはい」
口調は棒読みだったけれど、剣士さんも笑顔だった。
黄金探しの前よりは、随分と距離が縮まったように思う。
気づけば、剣士さんに対しては素に近い自分を出せている。
自分と似た価値観を持っている、と剣士さんは言っていた。だからだろうか。
もっと親しくなりたい…そんな気持ちが湧き上がり、それはいけない、と歯止めをかける。
だけど、剣士さんの横顔を盗み見しては、自分の気持ちと葛藤を繰り返してしまった。

青い海に下り、最初に上陸した島で、一味がそれぞれ外出する中、私はラウンジでノートや本を広げてポーネグリフについておさらいしていた。
今でも心臓がドキドキする。
空島でポーネグリフとロジャーのメッセージを読み、夢に向かって前進したと共に自分の役目が分かったからだ。
集中していると、デッキをゴツゴツ歩く音が聞こえる。
この音は剣士さんだ。
鼓動が自然と速くなる。
そしてバン!と勢いよく扉を開けられる。

「ここにいたか」
「お帰りなさい。私に何か用?」
すると剣士さんは、ん、と言って小さな袋を私に突き付け、また出て行ってしまった。
私の手に残された紙袋。
中を開けてみて、私は思わず微笑んでしまった。
そして、じんわり心に広がるほっこりした気持ち。
私の心には、確かに、剣士さんへの新しい気持ちが芽生えていた。

デッキで鍛錬する剣士さんに近づく。
私を見ると、鍛錬を中断し、強い眼差しを向ける。
「ありがとう、剣士さん」
剣士さんはああ、と笑ってまた鍛錬を再開させた。

紙袋の中には、綺麗なピンク色のハンカチ。
そしてホッカイロが入っていた。

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エピローグ

「あなた一人で買いに?」

「ああ」

「よく帰ってこれたわね」

「…うるせぇよ」

「ハンカチ女性用よね?恥ずかしくなかった?」

「ほっとけ」

「見たかったわ。あなたの買い物姿。きっと今みたいに真っ赤な顔で挙動不審だったのでしょうね」

「…よ、余計なお世話だ!」

「今度は一緒に買い物に行きましょう。手を繋いで
、ね」

「!!何で俺がお前と…!」

「だって、にやけてるじゃない。素直じゃないわね…。ね、行きましょう」

「お前やっぱ変な女だな…」


END

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