ある凶王の兄弟の話


□分かれゆく思案
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その後は実に手順良く、勝敗が決まった。
小太郎という『切り札』は、家康の前に成す術も無く崩れ落ちた。
たったそれだけで、北条の兵は家康一人に負けてしまったのだ。

「ま・・・まさか風魔が・・・!」

氏政の眼下に広がる光景は、倒れ伏す小太郎、そして自軍の兵の中央に家康が立っている。只それだけだった。

「大丈夫だ。皆死んではいない」

家康が氏政に視線を向けた。
たっだそれだけで氏政は分かりやすく鳥肌を立てた。

「ひぃぃぃぃいいぃぃぃいいいぃぃい!!」

氏政は情けない声を上げ、栄光門の柱に身を隠すように後ずさった。
誰も、その後を追わない。
栄光門の麓(ふもと)で、戦火を逃れた北条兵は情けない大将の姿に目を向けるだけで、家康には刃向かわなかった。
刃向かおうともしなかった。
情けない色声て許しを乞うように、氏政は言葉を綴った。

「降伏ぢゃ!今度は嘘ぢゃない!と・・・豊臣に天下を譲るから許してくれ!頼む!」

家康は氏政を黙視する。
氏政を黙視する家康の背中を、重成と三成は注視する。
家康の返答は決まった物だと、二人は思っていた。
予想を裏切ったのは、その直後の話だった。

「あぁ、勿論許そう」

家康の発言に、二人は驚きを隠せなかった。
二人の脳裏に選択肢として無い事柄を、家康は選んだのだ。
余りの驚きに、理解しようとも思わなかった。理解しようとも、二人には出来なかっただろう。
業の違う人間は考えを共有出来ない。三成がその通りだ。
しかし、業が違えど理解出来れば共感出来るという訳では無い。三成よりも家康を知る重成でも、譲れない考えは存在する。
それがこの戦に対する見解だ。思想は同じでも、見解は違う。だから、家康の思想は理解出来ても、敵方を許す心中は 重成でも分からなかった。

「いえや・・・」

「だが皆、武器を捨てるんだ」

重成の口から漏れた言葉は、家康の耳には届かなかった。
もはや何を言おうとしていたかさえ分からない。
決定打を打つように、家康は言い放つ。

「もうこの世には、武器など必要ない」

三成と重成は、只黙って家康の話を聞くしか無かった。

北条軍の兵が、驚きを隠さないままで互いを見詰め合っていた。
家康の言葉に驚いているのは誰であれ同じなのだ。

敵兵の態度は 、明らかに重成が睨んだ物ではなかった。
脅しという檻から放たれた兵は、必ず反駁を買うという偏見が、 重成の中には密かに存在した。
しかし目の前に広がる光景は、その偏見通りではない物だったのだ。
家康は一切、脅しを使用せず、敵兵に武器を捨てることを申し込んだ。
するとどうだ。敵兵は家康に背く所か、武器を捨てようと話をしているではないか。


たったそれだけの光景が、幾度となく 重成の心を揺り動かした。
彼の瞳には何もかもが異質に映ってしまう。

その時だった。
重成は気付いてしまった。
嘘を吐き続けた心の声に、耳を傾けてしまった。

不思議と、それが間違っているとは思わない。
赦しが過ちだと断言出来ない

何故だかは分からなかった。
感銘が胸を突いていた。
気が付けば、己がその様に見惚れていたのだ。

そして幾度も重成は自分に問いかけた。

私が間違っていたのか?

自問自答を繰り返しても答えは出てこない。目の前で起こっている出来事は、到底絶望に生きてきた自分に理解出来るものでは無い。

....筈、なのに

何だ、この感情は....

得体の知れない感情が重成を突き動かす。素直に理解する事を、己の闇が阻む。
進退両難。
言い換えれば、ジレンマ。
そんな中から三段論法を導き出す為には、重成の脳裏は未だ幼過ぎた。


彼に出来るのは只、三成と目の前の光景に呆ける事だけだった。







     
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