ある凶王の兄弟の話


□したながの消失
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それは三成が兵の刀を弾いた音だった。
重成が 視線を刀から目の前に移せば、宙を舞う刀が視野に入る。
三成の方を向けば、腰を抜かした兵に刀を突きつけている様があった。


「次だ」


三成は冷静に告げる。
兵は先程から三成にやられてばかりらしく、気が引けている事が見るだけで分かる。

重成は兵を尻目に、 手入れの終わった刀を静かに鞘へ戻す。
鞘と鍔がぶつかる収刀独特の音は、静まった空間によく響いた。
三成がそれに気付き、視線を重成に向ける。
三成の視線を感じながら、彼は刀を側に置いた。


「終わったのなら手伝え弥三」

「寛恕(かんじょ)願いたい。私は見ているだけで十分です」


三成は彼が鍛練を好かない事を知っている。
返答は大体予想していたらしく、鼻を鳴らすと再び兵の鍛錬に戻る。
重成は只、その様子を見ていた。
激しさを増す剣戟に、兵は慌てふためく。
流れるように何度も繰り出される三成の太刀はそう簡単に誰でも防がれる物ではない。
兵にとっては、三成の太刀に眼を追い付かせる事がやっとであった。


「やれ、主は何故(なにゆえ)教えを嫌うのか」


癖のある、掠れた低い声。
重成が視線を横に向ければ、そこには吉継が居た。
吉継は宙を飛ぶ輿に乗っている故に足音を出さないのだ。
静かに現れ、静かに消える。
神出鬼没を具現化したような人間だった。


「一刻も早く兵を太閤の役に立つようにする為よ。三成を手伝ってやれ」

「お断りです。刑部が手伝えば良いでしょう」

「ヒヒ・・・そう言うな、少しは病人を労れ」


重成と吉継がそのような不毛なやりとりをしている中でも、三成は鍛錬を続けていた。
剣戟の音がしつこく空を響く。
閃く刀は太陽の光を反射し、光り輝いていた。


「・・・・・・」


一閃、
三成の相手をしていた兵は小さく悲鳴を上げた。
またも三成が兵の刀を弾いたのだ。
空を舞う刀は執拗に回転していた。


「・・・・・」


宙を舞う刀を見詰めながら、 重成はふと感じた。
心無しか、重成には三成の刀の軌道が鈍って見えたのだ。
特にこれと言った根拠は無く、気のせいと言われれば否定は出来ないほどの感覚だった。


「剣が鈍っておるなぁ三成」


声を上げたのは吉継だ。
どうやら彼の剣が鈍いと感じていたのは 重成だけでは無かったらしい。
吉継の声に、三成が耳を傾ける。
三成が吉継を見ているというのに、嫌に吉継は勿体振るように言葉を挟んだ。


「そんなに徳川の事が気掛かりか?」


宙を舞っていた刀が地面に深く突き刺さる。
三成は黙秘する。
彼は吉継の言ったことを否定しなかった。


「長き付き合いよ、ぬしの剣を見れば分かる」


三成はその口からは異見を唱えない。
肯定否定はおろか、難色を示しもしない。
吉継に視線を向け、只静かに話を聞いていた。


「言わば重成。ぬしも同じよ」

「・・・・・・」


図星を突かれていたが、驚く気にもならなかった。
何故なら吉継は心情を探る事に手慣れている。恐らく吉継なら見抜いているであろうという考えが、既に脳裏にあったからだ。
それは三成であれ、同じらしい。
吉継と三成は互いに互いを信頼し合う仲だ。それから先は言うまでもない。

返事が二人から一切無くとも、吉継は続けた。


「二人して誠可笑しな様よ。先日前から目に見えておった」


重成は三成に目をやった。
対する三成も、重成に目を合わせる。
どうやら互いに互いがおかしい事に気付いていなかったらしい。
二人は己の悩みで兄弟さえ見えていなかったのだ。
吉継から見れば、それは酷く滑稽だった。
己の事で精一杯な兄弟の悩みの根本は同じ、だがすれ違う故に気付く事さえままならない。
吉継はその行き違いに対し、包帯の奥で嗤った。

だが三成に鍛錬をしてもらっていた兵たちは、何の事か全く分かっていない。
そう、三成と重成は上辺という皮は何も変わらない。
彼等の上辺しか見ない兵には、吉継が何を言っているのか分からないのだ。


「・・・惑っているのか、弥三」


三成が重成に問う。


「兄上こそ、何を惑っておられる」


重成は三成の視線に応える。
三成は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
そっくりそのままに言葉をオウム返しされた事が気にくわなかったようだ。
勿論、三成の機嫌を損ねたのが 重成に分からない訳もなく、彼は依然三成の表情を見詰めたままだ。
今目を逸らせばどうなることか、分かりきっている。
冷たい二人の視線がぶつかり合い、まるで凍ったように周囲までもを固めてしまう。
三成が機嫌を損ねた一言に、 重成の感情は何一つ含まれていなかった。
三成を怒らしたかった訳でもないし、挑発した訳でもない。
只純粋に気になった、 重成にとってはそのような気持ちだ。
三成は暫く沈黙を続けた後に、言葉を綴った。


「・・・あの時だ」


三成は 重成から、木に留まっているカラスに眼をやった。
その表情は、どこかカラスを気にかけている様子に見えた。


「何故家康が単騎で現れた。何故あいつは敵を殺さずに許したのだ」


彼は彼なりに、思い悩んでいた。
確かに疑問は違えど、疑問を抱く点は共通していたのだ。
三成は家康の行動に疑問を抱き、
重成は家康の心中に疑問を抱いた。
二人に派生したのは、たったそれだけの差だった。

重成は肩を竦めた。


「苦慮していたのは私も同じ点です」


追及は止めましたが、

喉まで出掛かった言葉を押し止めた。
言った所で三成から理解が得られるとは思わない。
むしろ、余計に三成を混乱させかねないだろう。

誰にも話す事が許されない心の内は、答えを求めて脳裏を掻き毟っていた。
刹那は吉継に言う事も考えたが、吉継の事だ、一体何を言い出すのか知れた物では無い。

現は、只三成と同じ事で悩んでいる。
そう言う事にした。














       
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