ある凶王の兄弟の話


□亀裂感慨(上)
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「家康様!!」


兵士は立ち上がる。
それは全てが終わっていた後だった。

重成の振り下ろした感情任せの一振りは家康の篭手によって防がれた。
家康は両手の篭手を額の前で交差させて、その一撃を塞いだ。

実に珍しい事だった。
いつもの 重成であれば、頭上から突然婆娑斬りなんて真似はしない。
それ程彼は頭に来ていたのか。
実質、今までに無い程激怒していた事は事実だ。
いつもの冷静さを忘れた事も事実だ。
考えてみれば、可能性は十二分に有り得た。

鍔迫り合いの音が響く。
防がれて尚も力を籠め続ける重成。
防がんと篭手に力を籠めて対抗する家康。
名高る二人の闘いに割って入れる足軽などその場に居なかった。
紅く染まった琥珀色が家康を貫く。
家康は相も変わらず視線を逸らそうとしない。
しかし、その瞳にはまるで重成を儚むような躊躇いが宿っていた。


「私は同情など認可しません・・・!秀吉様に救われたあの日から己が不幸などと感じた事などありません・・・!自分の視点でしか物を捉えられないその感慨が癪に障る・・・!!」


まるで別人だった。
いつもの彼の姿からは、その形相も、色声も、まるで想像出来ない物だった。

家康は歯を食い縛る。
重成の腕からは、その細い腕からとは思えない程の力が出されていた。
それもその筈、重成はそこらの足軽と同じではない。
裏方に徹し、表にはあまり出てこない人物とは言え彼は小姓であり、練達の士だ。
並大抵の力である訳がない。


「重成・・・っ!」

「貴方はもはや豊臣の味方ではない・・・秀吉様の御意思を汚す『敵』だ」


刀と篭手の交わる力点から火花が飛び散る。

家康は変わってしまった。
それは重成にとっては決して良い事では無かった。
変わってしまった家康は、自分の考えを持ってしまった。
自身の君主とは、別の事を考えている。
目指すべき未来を違えた。
違えた者は即ち、君主の敵。
己の『敵』へと成り果ててしまったのだ。
そこには彼等の過去も、共に語らった面影も無かった。
そこに敵がいるから、刀を向ける。
それだけの実に単純な物だった。


「・・・そう、ワシはお前『達』の敵になるだろう」


家康の瞳にも、熱が籠る。
僅かに宿っていた躊躇いが消える。
日の光のように、一直線に重成を見据える瞳が示唆することはその場の誰もが理解した。
刀を向けた重成に対し、自身も戦う事を決意したのだ。

家康は重成の刀を弾く。
重成は2、3歩、家康から距離を置いた。
勿論その双眸は家康を捉えたまま、刺すような視線を放ったまま、紅く煌めいていた。
刀を振るう。
彼の、まるで血振りをするかのような癖だ。
刀は仕舞われない。
仕舞うも何も、彼の左手には何も握られていない。
鞘は刀を抜き身にしたと同時に何処かに打ち捨ててしまった。
鞘を打ち捨てる。
それは重成にとって、標的を葬るまで刀を鞘へ戻さない事を意味していた。


「徳川家康。貴方を此処で逃がす訳には参りません」


家康はそれを知っていた。
重成は本気だ。
躊躇っている暇はない。
躊躇ったままで互角に戦える程、重成は不得手ではない。
だからこそ、躊躇を捨てた。


重成は刀を水平線に構える。
家康も、篭手を晒して構える。
緊迫した空気。
危険を感じた徳川兵達は増援でも呼びに行ったのか、事態を誰かに報告しに行ったのか、いつの間にか姿を消していた。

張りつめた空気に、満月の淡い光が差し込む。
冷たい風が二人の頬を撫でる。








「秀吉様、この者を斬滅する罪を私に----!」


「来い!重成!」



二人の拳と刀が、再び火花を上げ、交差した。










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