ある凶王の兄弟の話


□八咫烏の弾丸
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「片腕だけで私を倒せると思っているのか」

「!」

婆娑斬りに踏み込んだ刀を防御に持ち変える事など既に不可能だった。
反応は出来ていた。
只、影響させる身体が及ばなかった。
驚きに浸る間も空しく、孫市の銃口が火を吹く。

「がっ…!」

重成から溢れ出したような音が漏れる。
弾丸の命中した鞘は、衝撃に流されるまま勢い良く重成の手中を抜けた。
突如彼の左腕を苛む衝撃。
重成は痛みに顔を歪める。
一瞬怯みはしたものの、その場で立ち竦む事も、左腕を庇うような動作さえ取ることなく、慣れた動きで孫市から距離を取る。
空を漂っていた鞘は地面に叩き付けられ、乾いた音が空気を一閃した。
煙を立ち上らせる銃口を向けて静止したままで、孫市は重成を見据え続ける。
対の重成も、刀を向けながら彼女を見据える。彼の顔が痛みに歪んだのは一瞬だった。
両者共に、呼吸の一つも乱れていながった。
違いは唯一つ。
重成は額に幾つもの脂汗を浮かべていた。
勿論、疲労からの汗ではないだろう。
片腕で何度も刀を扱ったにしろ、彼は婆娑羅者の一端。
刀を片手で振り回す程度では大した疲労にもならない。

「…一体何のつもりだ」

彼女の言い終わりと同時に、重成が駆け始める。
素早くそれに反応した孫市は再びトリガーを引く。
足元を狙って発砲したのだが、異彩の俊足を持つ重成の前に命中する筈も無く、地面に穴を穿つのが関の山だった。

「質問の意味が分かりません」

孫市目掛けて刀を振り下ろす。
彼女は大きく仰け反って斬撃を避ける。
後方転回したかと思えば、地に手を付くと同時に重成に銃口を向けた。

「っ!」

予想だにしていなかった孫市の動きに、銃弾を弾く所か、避ける事で精一杯だった。
寸での所で顔を左に傾ければ、右頬を銃弾が掠めた。
頬を掠めた程度では、怯まない重成。
間髪入れずに再び刀を打ち下ろす。
不安定な姿勢を立て直すと共に斬撃を避ける孫市。
複雑な鬩(せめ)ぎ合いは両者の体力を消費するばかりだった。

「お前が腰から下げている革帯…ただの飾りではなさそうだな」

重成の軌跡を塗り潰すように、孫市の弾丸は穴を穿つ。

「お前は銃を所持しているのだろう。何故それを使わない。それとも私を謀(たばか)っているのか」

「……」

答えないままで重成は駆ける。
孫市の銃が何度も火を吹く。
彼に答える素振りは一切見られない。
それは重成自身、質問に答えようと答えまいと同じ事を理解していたからだった。
謀っていると答えようと、或いは否定しようと、この攻防には何ら影響しない。
故に返答をしなかったのだ。

銃弾が命中する紙一重の所で重成が上方に飛び上がった。
飛び上がる途中で櫓から壁飛びをし、到底人には真似出来ないような高さまで上昇する。
彼の刀の刀身が徐々に藤色を帯び、地に振り返り様強引に空を薙いだかと思えば光の斬撃が孫市に襲い掛かる。
刀身から放たれる、無形の斬撃。
敵味方関係なく襲い掛かる闇が具現化された『光』だ。

孫市は身体を低く旋回させた。
彼女の全身を紅が覆い込む。
旋回しながら放つ短銃の火花に紅が纏わり付き、まるで花弁が散っているような光景が広がる。
孫市に避けるつもりは無い。
彼女は藤色の光を『砕く』つもりなのだ。

櫓前の空間を閃く光が一閃した。
共に凄まじい轟音と衝撃波が辺りを駆け抜け、足軽達が後方に飛ばされる。
その瞬間に藤色は紅に砕かれた。

重成は、藤色の光を食い破るように現れた孫市を見て眼を細めた。
勿論、重成の身体は既に重力に引っ張られていた。
旋回を続けながら自由落下する重成を捕捉する孫市。
落下地点は彼女の目に見えていた。

「…!」

しかし、突如重成が空を蹴り、自由落下の体勢から突撃の体勢へ切り替える。
白刃の刀が短銃を目掛けて振るわれた。
反応が一瞬遅れてしまった孫市は銃を横に構えて防御の姿勢を試みるが、時間の猶予は与えられない。
少し傾けただけの銃は幸運にも排莢口周辺に刀を受け、斬撃を受け流す事に成功した。
火花が2人に降り掛かる。

受け止めずに流す。
そのせいで結果、重成は孫市の背後に背を向けた状態で着地せざるを得なかった。
対する孫市も衝撃を流したとは言え、完全に振動を流し切った訳では無く、己の背後で、また背後を向ける相手を前に振り返る事は出来なかった。
孫市の背後で衝撃を殺し、しゃがみ込む重成。
重成の背後で振動に耐え、身体を弛緩させる孫市。

だが、反射神経はいつになく敏感に反応する。

孫市は一瞬にして銃口を再び構え、重成のいるであろう背後を振り返った。
咄嗟に、銃口を向ける。
それらは全て反射的な行動の為、頭の理解は殆ど追い付いていなかったが、今更思考は必要ない。
確かに、そこには重成が居た。
しかし目の前に広がった重成の姿に、孫市は目を見開いた。






         
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