ある凶王の兄弟の話


□強弱者の復讐
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重成の意識が戻ったのは、然程時間も経たない内だった。
もしかすると戻ったというよりは戻されたと言った方が正しいのかもしれない。
足軽が重成を城まで運ぶ道程。
最下層の医療部屋は既に人で埋もれ、入れるような場所はない故に、天守閣近くにある医療具の揃う部屋に行く階段を登った廊下での事だ。
木で出来た担架で運ばれている道中、門の外で繰り広げられる激しい攻防の音と衝撃波に驚き、重成の意識が覚めた。
それは幸運なのか不幸なのか、分からない。
意識が戻った所で、重成には戦える力が残っていない。
左腕に至っては既に感覚すら麻痺している。
刀は倒れた際に落としたらしく、両手には何も握られていなかった。

だが、重成自身が『戦えない』とは判断しなかった。
前後で息を荒げながら自分を運ぶ二人の足軽は前を見て走るばかりで重成の顔色の一つも窺おうとしていない。
重成は担架に運ばれたままでぼんやりと流れる視界を眺めたまま考える。
やや回復したのか、流れる視界を前に眩暈を感じる事は無い。
頭から流れている血もいつの間にか固まって止血している。
決して全快とは言い難いが、重成は『戦える』と判断した。
彼にとって『戦えない』と判断する時は、同時に己が足手まといになると悟った時だ。

「止まって下さい」

「!!」

重成はそう言いながら、前で担架を運ぶ足軽の手首を掴んだ。
驚いた足軽は奇怪な声を上げながら担架を持っていた手を思わず離してしまうが、重成は慌てる事無く、まるで予想でもしていたかのような動きで着地した。

「重成様…!もうお気付きに…!?」

後方の足軽は無人となった担架を離しながら、まるで信じられない物を見るかのような眼で重成を見た。
倦怠感に囚われた思考のままで、重成は横目に足軽の姿を捉える。
重成にとっては慣れた視線だ。
何故そのような眼で見られるのかまでは分からなかったが、

「…兄上と官兵衛は、未だ交戦中ですか」

眉間辺りの固まった血を指で撫でながら重成が問う。
足軽は既に眼中に無い。
彼の視線は窓の外に向けられていた。
此処が何階の何処であるのか、確認しているらしい。
足軽はあたふたした様子で言う。

「あっ…はっ、はい!」

感動詞に紛れた肯定を聴き取った後、重成は窓を眺めながら暫し考える態勢を見せたかと思えば門に向かって階段を降り始める。
もう一人の足軽がその背に声を掛ける。

「まさか!三成様の許へ行かれる御積もりでしょうか!?」

「……」

重成は答えないままで階段を下りてゆく。
流石にこれを見て、兵が黙っている訳も無かった。

「なりません!そのような御体で再び黒田官兵衛と交戦しようなどと…!三成様に任せるべきにございます!」

「なんですって」

重成の足が止まる。

「何故私が兄上に任せて療養しなければならないのでしょうか。生憎ですが私は自分が始めた事を任せる無責任な行動は嫌いです」

背筋の凍る目で睨まれた足軽は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
重成は再び階段を降り始める。
もう一人の足軽はその光景を眺めているだけのようにも見えた。

しかしその時、足軽達の後方からの甲高い声が空気を撫でた。


「待ってくれないか」


重成はその声に大きく身体を震わせた。
勿論、足は反射的に止まる。
足所か、金縛りに遭ったように体が動かなくなった。

何故、貴方が止めるのですか、

重成は固まったまま振り返りもしない。

「黒田君の所へ行ってはならない…相手が、策士だと言う事を忘れてはならない…」

重成はゆっくりと振り返る。
声の主が誰なのか、恐れているかのように振り返る。

まさか、
あの方は既に立ち上がる事さえ出来ない程衰弱されていた筈だ。
何故一人で、こんな所に…

重成は声の主の名を、恐る恐る口にした。


「半兵衛、様…」





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