ある凶王の兄弟の話


□始まりの鎮魂歌
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それを順当と考えるか、重成には分からない。
現状を理解出来ない程痛みに頭を犯された訳でもないが、そう思っていた。
官兵衛と三成が何か言い争っているようだが、言葉さえ入ってこない。
表現の仕様がない複雑な感情のせいか、

「これ以上…あのお二人の兵を傷つけてなるものか!!」

三成が構える。
柄を持って、足に力を入れた。
だが官兵衛はその言葉に呆れたように首を振るばかり。

「あ〜ぁ、お前さんは人情ってのが皆無だ。自分の兄弟でさえ豊臣の駒としか見ていないのか。まるっきり中国で見たあの男と同じだ」

巻き付いた鎖が強引に上に引かれ、立たされる形となる重成。
それも、官兵衛にとって盾となるように。
重成は無抵抗だった。
まるで人に動かされているだけの絡繰。
目は虚なまま下を向いている。

「だったら動いてこいつを殺して見せろ。そいつが出来りゃあお前さんは手の付け様の無い鬼だ」

「……っ!」

三成は刀身を見え隠れさせた。
刀の鯉口が音を立てたのが聞こえる。
彼の足が砂を削る音も聞こえる。
この状況、時が経てば三成が行動に出るのは目に浮かぶ。
だが、決して重成は諦めている訳ではない。
不幸中の幸いは銃を握っていたという事だ。
凶器は握っていたにしろ、この位置では官兵衛に銃口を向けられない。
無理な体制を取って怪しまれれば官兵衛が何をするかも分からない。
そもそも、無理に動く気がなかった。
格別三成が自分を『兵』と表現した事も気にしている訳でもない。実質、それは事実なのだ。
違う、
これは現実からの逃避。
今いる現状からの逃避。

「…頚部とは、複雑な神経が通っている」

突然重成が、そんな事を語り出す。
官兵衛が怪訝な眼を向けてきたのが背後からでも理解出来る。
依然重成は下を向いて虚ろなままだった。
彼の右手が僅かに動く。

「お前は私が人質になると思っているのか。『足手纏い』になると、そう思っているのか」

どこか呆れていた。
どうでもいい他人の事を語っているかのような口振り。
重成は続ける。
確立された声で徐々に顔を上げながら、憤怒の滲む声色でハッキリと言う。

「巫山戯(ふざけ)るな」

そんなもの、
私は御免だ

と、
そう言った重成は、何の躊躇もなく自分の頚部に銃口を当てた。

「なっ…!!」

官兵衛が長い髪に隠れた眼を見開かせた事か三成からも確認出来た。
三成も動揺したのは同じだった。
官兵衛が身を震わせた為に鎖が音を立てる。

「何してるんだ!正気かよ!?」

驚きに震える官兵衛の声
重成は官兵衛の言葉など聴こえない様子で、銃の撃鉄を倒した。
雷管を弾く乾いた音は、更に官兵衛を焦らせる。

「私は只兄上の障碍(しょうげ)になりたくないだけだ」

重成の瞳に迷いは一切なかった。
冗談の色さえない。本当に撃つつもりでいるのだ。
例え手を縛られて人質にされようものなら、その手を斬り落としてでも逃れるのが彼なのだ。
足を引く上命に縋るなんて、そんな無様な真似はしない。
それに三成だって、兄弟であっても豊臣の兵だとしか認識していない。
重成が仮にそれで死んだとしても、きっと三成は悲しまないだろう。
『小姓』の器の人間が死んだと思うだけだろう。

重成だってそうだ。
三成が死んだとしても悲しまない。兄弟であるという情を持たない。
仮に情を持っていたとしても、きっと『悲しめない』だろう。
何せ、覚えていないのだから。
悲しみを忘れているのだから。
慈しむべき肉親も居ない。
無機質だからこそこのように、己の命を蔑ろに扱えるのかもしれない。

普段の無表情を崩して、重成は密かに笑んだ。
単に口角を持ち上げただけの笑みとも取れるか複雑な表情。
上辺だけの、誰かの模造。
そのまま彼は言った。

「後方にいるお前も、無事ではいられないだろう。ざまぁない、官兵衛」

「やっ…やめろ重成…!」

刹那、
前方から、地を強く蹴る音。
三成が風を切って、抜刀しながらこちらに駆け始めたのだ。
表情は伺えない。
低姿勢で抜刀しているせいで、彼の表情までは分からない。
三成の事だ、重成が自害する前に斬るつもりだろう。
確かにそうあった方が良い最期とも思えたが、もう遅い。
重成はトリガーを引く手に力を籠め、撃鉄は雷管を叩かんと軋み始めていた。

「弥三…ッ!」

己の名を呼ぶ声。
同時に垣間見えた三成の表情は酷く怒りに塗れているように見えた。
目を細める。

同時に重成は引金を引いた。


        
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