ある凶王の兄弟の話
□出陣
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---時は戦国
武将達、勇き婆娑羅者が各地で戦を織成す乱世の時代。
幾許にも同盟と決別を繰り返す勢力の中で、天下に最も近いとされる第六天魔王、「織田信長」
やがては彼が天下を掌握すると誰もが確信した最中、戦国の世をを揺り動かす事件が起きる
「た…大変です!殿!」
天正十年六月三日。
摂津国東成群大阪に位置する大阪城、の天守閣前
息を切らした忍が障子の前で影を落とす。
影は障子の向こうで肩を上下させ、荒い息遣いをこちらまで響かせている。
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
打って変わったような態度で、天守閣の奥に座す白を纏った者は問う。
ウェーブ掛かった透き通るような純白の髪を肩まで伸ばし、傾城に整った顔立ちの上に仮面をしている。
桔梗色の短い外套、手足を覆う甲冑は、どこか禍々しくも華奢な佇まいを凛と見せている。
かの青年こそ、数奇なる天才と謳われる、豊臣の軍師、竹中半兵衛である。
「そ…それが…!」
忍は息を抑え、障子に映る影のころべを深く落としながら言った。
「第六天魔王、織田信長が…家臣の明智光秀に討たれたとの一報!」
「な…なんと…!」
「信じられん…」
「あの第六天魔王が!?」
天守閣に坐していた家臣がざわめき、場の空気が騒然とし始める。
そんな中でも、軍師は静かに言葉を紡ぐ。
「そんな事だろうとは見越していたよ…あの人間は人に下るような器ではないからね。秀吉。こうなれば、取るべき道は一つだろう?」
半兵衛は自身の隣に構える覇王、豊臣秀吉に問う。
秀吉は坐しているだけで、その場の空気を掌握してしまう大柄な人間だった。緋色と漆黒の甲冑に身を包み、人1人の頭を易々と掴むことの出来る剛腕、眉間に深く刻まれた皺、真一文字に結ばれた唇。
無論。彼らに慌てた様子は微塵も感じられない。
「うむ。織田を討った明智軍を野放しにはしまい」
秀吉は一区切り置いた後に立ち上がり、徐に窓の外へ向かう。足取りに焦燥はなく、一歩一歩が覇王の貫禄を漂わせる。
やがて眼下へ広がる豊臣軍の隊列に、誰もが震撼する低い声で言い放った。
「我が豊臣軍は明智を追い、攻め落とす!」
大阪城の外で控える兵士達が低く響き渡る声を聞くと、一斉に鼓舞の雄叫びを上げた。
咆哮が鳴り止まぬ最中、天守閣では小さな引き笑いが谺す。
「ヒヒヒッ…相手は第六天魔王との戦にて疲弊した兵。よもや太閤が出るのは忍びない」
大谷吉継が不気味にせせら笑う。
一切の肌を隠す全身に巻いた包帯、蝶を模した甲冑。そして包帯の隙間から覗く、黒々とした反転目。
「そうだね、あの第六天魔王を相手にしていたんだ。相手は疲弊している。最前線は君たちに任せようか。三成君。家康君」
半兵衛がそういうと、名を挙げられた二人の影は頭を下げる。
「有り難き幸せ」
秀吉の左腕と呼ばれる石田三成は、頭を下げながらも、囁きに似るも確かな声で言った。
白く整えられた特徴的な髪、藤色に縁取られた白い羽織、その下から覗く甲冑は、ギザギザとした無骨な漆黒に覆われている。
「豊臣の為、ワシも全力を尽くそう」
三成の隣に座る豊臣の従属関係にある徳川軍の総大将、徳川家康は言う。
黒く、艶のある髪に、身を守る甲冑を最小限に抑えた衣服、鬱金色の短蘭羽織、腰に巻いた紅い綱。
2人が頭を垂れた姿を見ると、半兵衛も満足げに笑みを浮かべる。
「報告いたします!」
障子の奥に新たな忍の影が現れる。
「明智軍は山崎に向かった模様です!」
「了解した。ご苦労」
半兵衛はその報告を聞くと、ゆっくりと立ち上がる。
「さぁ行こう秀吉。天下を掴む土台を創りに」
「うむ、だが半兵衛。お前に一つ問うことがある」
秀吉は真っ直ぐ天守の向こうに聳える幾千もの兵士を見据えたまま半兵衛に問いかける。
「重成。そやつも十分な戦力にはなろうぞ」
己の存在を消しているように、静かに話を聞いていた重成は、ちらりと半兵衛に視線を向ける。
白い髪の前髪を右に寄せ、美しく澄んだような左眼の琥珀色が覗く。
白と藤色を基調にした、反り返った羽織、胸部のみを覆う甲冑、右手には刺々しい甲冑を付けているのに、左手は素肌を出したままにしている。
半兵衛は彼の視線を感じはしたものの、もったいぶるように少し間を置いた。
「あぁ、確かにそうだね。彼に頼んで逃げ道を徹底的に断つ策を講じようと思ったんだが、やはり前面から攻め落とす方がこちらの力を誇示出来るだろう。作戦は変更、彼にも出てもらおうか」
半兵衛は少し考えると、重成にこう言った。
「重成君には三成君と家康君の補佐を任せるよ。吉継君の分まで頑張ってくれ」
「…承知」
後押しするように秀吉が言う。
「頼んだぞ。重成」
他の者にはないその後押しが、自分への期待ではなく、役不足による啖呵のような役割を持つと知っている。
不満はない。一切も。
役割を与えて貰えるだけで、幸福の至極だ。
重成は目を細めると、その場で跪き、頭を深く下げ、囁くも確かな声で言った。
「有り難き幸せ」
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