ある凶王の兄弟の話


□山崎の戦
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明智の足取りを追って数日が経過した、六月十三日

天気は快晴。湿った風の吹きぬける高野にて、豊臣の部隊長が指揮を高める。
彼らが控えるのは山城国山崎に続く道。
いくつも軍隊を作り、伏せ、息を潜める。

そんな中、最前線を任された三成、家康、そしてその補佐を任された重成は、兵を従え見渡しの良い崖にて明智軍を待つ。

「…実に良い天気だ。これから戦が起こるというのにな…」

見張りをしながらも風を感じていた家康は空を仰ぎながら呟いた。
それを不快と受け取ったのか、彼の隣に立つ三成はキッと家康を睨む。

「何を呑気な事を言っている。これはあの御二方の大切な戦だ。失態など許されんのだぞ」

少し苛立った口調で三成が言う。

「そんなに固くなるなよ三成。戦となって気がそこまで立っているのはお前だけだぞ?」

「戯れるな。貴様が能天気過ぎるだけだ」

「そんな事は無いだろう…重成を見ろ、彼も常時と大差無いだろう」

三成は自身と家康の少し後ろに控える重成に視線を向ける。無論、家康を睨んでいた目と同じ目を重成に突きつける。
だが三成に睨まれる事に慣ている重成はいつものように三成の視線に応える。
三成と重成の互いに鋭い視線がぶつかり合い、火花が上がるというより、空気が凍り付く感覚に似ている。

「今日は秀吉様の天下の基礎となる戦。兄上がこうなるのも無理のない事かと」

重成は静かにそう答え、口元に張り付けたような笑みを浮かべる。
だが三成を映している筈の目は、まるで何も映していないかのような無が宿っている。
鏡のように目の前を反射しているのに、その瞳の奥は曇っている。

三成は何も言わずに「フン、」と鼻を鳴らしたかと思うと、重成を視界から離し、警戒の態勢に戻った。

そうして時が流れた後、崖手前の丘に止まっていた鴉が、騒がしい羽音を立てて一斉に飛び立つ。
周囲一帯を埋め尽くす鴉の鳴き声が、晴れた空の陽気を消し飛ばす。

「…来たか…」

家康は目を細めながら鴉が飛び立った場所を眺める。
三成は既に刀の柄に右手を添え、まるで獲物を見つめる鷹のような鋭い目つきをしている。
彼は家康と違い、既に殺意を剥き出しにして、獲物を狩る臨戦状態に入っているのだ。

茂みから甲冑を来た兵士の姿が一人、また一人、二人、三人と湧いてくる。
彼らが纏っている甲冑が明智軍の物と認識するや否や、三成はまるで一途の弾丸のように崖を駆け下り、眼前の軍に攻撃を仕掛ける。

「三成!」

家康は引き留めようとも既に手遅れとなった右手を戻し、やれやれと嘆息を漏らした。

「行くぞ!秀吉殿の為!全軍突撃だ!!」

家康が咆哮するように大きな声で叫ぶと、控えていた兵が一斉に雄叫びを上げ、家康を先頭に崖を駆け下りる。
丘の茂みに身を潜めていた小隊も、家康が駆け下りる姿を確認すると、一斉に潜めていた身を起こし、明智軍に攻め入ると、明智軍は四方を囲まれる形になった。
不意を突かれたような形となるにも関わらず、明智軍と見られる一帯も、何処かの軍が攻めてくると見越していたのか、折れた槍や埃で曇った刀を振りかざし、素早く臨戦状態に入ると、あっという間に丘は豊臣軍と明智軍の兵の砂埃に覆われてしまった。
 
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