ある凶王の兄弟の話
□血塗れた距離
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山崎の戦が終わりを迎え、数日の時が過ぎた。
豊臣は、またも天下に向けて駒を一つ進めた。大阪城に戻った豊臣軍は、領地の摂生に反感を持つ者の無力化を計る。半兵衛は他の領土を統治する勢力に対する軍議に追われ、その間にも戦で傷ついた兵は軍医により傷を癒し、疲れた者は羽を休めた。
軍議に出席することも少なく、戦で疲れてもいない重成は、縁側に座して想いに耽っていた。
勿論、昨日森の中で明智の頭を見つけた事は誰にも言っていない。
吉継も重成が手に刀以外何も持っていないのを見て、その事については触れてこなかった。
これで良い。
これで何も変わらない。
だが、何か落ち着かない。
言い様のない不安が重成の胸を何度も掠める。
例えあの後に明智光秀が見つかっても危害はない、関係もない。逃がしたことを後悔もしていない。
なのに、
この、表し様のない不安の正体が分からない。私の脳裏に掛かる物は一体何だ。
自問を続ける重成だが、第六感の警告に対し、解答は何も浮かばない 。
「…」
単なる呼吸にさえ嘆息が混じる。
「どうしたんだ重成。浮かない顔をして」
開いた障子から家康が顔を覗かせた。
何も知らない、無知にて無垢な表情だ。
「何か昨日悪いことでもあったのか?」
「…」
「戦が終わっても顔色一つ変えないお前が、らしくないなぁ 重成 」
重成の気も知らぬ家康は明るく、無邪気に笑った。
「…」
「お前の隣に座してもいいか?」
家康が重成に訪ねる。
「…勿論、私で良ければ」
重成は縁側から見える情景をぼんやり眺めながら答えた。
家康は障子を閉めると重成のすぐ隣に座した。
「いやぁ、今日昨日と実に良い天気だ。心が晴れやかになるな!」
「…はい」
重成は家康を横目で見る。
いつ見ても家康様は太陽の様な御方だ。
周囲を束縛しない寛大な心。
豊臣の考えとは違う、力で捩じ伏せないその性格。
だが、彼は私が思う程気丈ではない
「昨日の戦も実に素晴らしい戦いだったな!流石は常勝の豊臣軍だな!」
家康様には思いが足りない。
自分を貫く信念が足りない。
「…家康様」
重成は先程から家康がこちらを気遣うように言葉を発しているように、挙動の一抹に不自然さを感じた。
「ん?、ど…どうしたんだ? 重成」
重成はまじまじと家康の目を見た。
家康は急に重成が自分に目を合わせた事に驚いたのか、動揺を隠せず、目が泳いでいた。
昨日の戦で沈んでいるとでも思っていたのだろうか、
違う。もっと別に理由が有る筈。
「私は嘘も己を偽る人間も嫌いです。私に言いたい事があるならば単刀直入に申し上げて頂けませんか」
この方は目を見れば直ぐに分かる。
自分を偽れないが為に不自然になる目の遣り場。
きっと私に何かを言おうとして、言えないでいる。