ある凶王の兄弟の話


□仕置軍議
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彼------石田重成に下されている豊臣の人間の見解は、『何を考えているかは定かではない』といった所で、それは己の主君であろうとも例外ではない。

それは命令されれば動く単純なものではない。
彼には表面上の『本心』がある。
表現の仕方は沢山あるが、とにかく、味方である筈なのに、何故か視界に映るもの全てに殺意を抱いている。そんな『分からなさ』を重成は持っている。
重成の眼に映る虚無は、まさしくそれそのものと言い換えてもいいだろう。

重成が笑う時も、悲しむ時も、
いつでも重成は瞳の奥に何も称えない。
まるで表に出している表情そのものが、貼り付けたような虚偽であるかのように。
そう-----そこが重成の「何を考えているか、分からない所」である。

本心が分からない。
或いは本心なんて、元より無いのかもしれない。

どこか殺意は感じるのに、反逆の手合いが欠片も感じられない。
純粋なのに、瞳の奥には矛先の知れぬ強い恨みや憎しみを宿す。
人とは、『分からない』ものを恐怖する生き物だ
重成を表す単語は、煩雑の一言に事足りた。
兄弟の石田三成が純真な感情を隠さない事に対して、石田重成は複雑過ぎるのだ。

彼らは似て非なる兄弟。

彼の兄弟である石田三成は誰からも畏れられている。
それは三成の残忍さにある。
敵には慈悲を与えない。死体すら切り刻む。人を人とも見ない。時には味方にすら手を上げる。
そのような性格であるが故、仕方が無いと言えば仕方が無いだろう。
重成は違う。
敵の命までは取らない。それが故死体の血を浴びない。誰も眼中に入れない。そして同時に誰に対しても、敵と同じ眼を向ける。
性格は反対とも取れる程対照的な部分が多い。

しかし、血が繋がっているだけ、彼らには共通点も存在する。
皮肉にも彼ら二人を信用する者は必然的に少ない。
信用しないのではなく、皆二人を恐れる故に出来ないのだ。
ある例外を除いては。

少なくとも二人の君主は違う。
お互いに、信頼という『絆』で結ばれている。
小姓は、己を救ってくれた恩師として、
君主は、己に偽りを持たない小姓として、


「何故、私達をそこまで信頼に足ると言い切れるのですか」

重成はかつて、そう半兵衛に聞いたことがあった。
半兵衛はその度に苦笑して、

「どうしてそう思うんだい?」

と、質問を返してきた。

「君にとっては、僕が君達を信じる事がそんなに可笑しいのかい?」

「いえ…決してそのような悪びれは」

重成は戸惑う。

「私達は何度も、他人に云われなき罪を着せられたので。半兵衛様の様な方にお会いするのが初めてなのです。私達の眼を見て、話して下さるのは」

「君達は秀吉に救われる前随分と酷い生活を送ってきたようだね。それは何故だい?一体どうして君達は民に罵られ続けたんだ?」

「………それは、」

「いや、悪かった。思い出したくないなら良いんだ」

「その様な事は決して。…私と兄上は禍日に産まれた忌み子でしたから。父に捨てられた事実自体、当然の業。加えてこの不気味な髪の色です。不運事があれば、その度に私達は濡れ衣を着せられ、生き殺しのような目に遭いました」

「…そうか、それで君達は…」

半兵衛は何かを言いかけて、やめた。

「僕にしては、君達が信頼に足りない理由なんて一つもないよ」

「?」

「三成君も、 重成君も、僕等豊臣にとっては優秀な人材だ。なのに、それを信頼出来ない方が可笑しいんじゃないのかい? 」

「…半兵衛様が見ているのは、あくまでも実力だけですか」

「いいや、僕は君が話してくれた過去も含めて、君達を評価しているんだ。人は目に見えない采配を恐れる。その矛先として憎しみを一心に引き受け続けた君達兄弟は、 類稀な忍耐と生き抜く力を持っている。当然、今迄だって寸分狂いなく僕達の願いを完遂してきた」

「…」

「今の僕の発言の何処に信頼に欠ける理由があるんだい?」

秀吉に会うまで、よく頑張ったね。
彼だって君を疑ってなんかないさ。

半兵衛様は、そう言った。
そう言って、笑顔を見せて下さった。
いつものように、まるで安堵という単語を擬人化したかのような表情
重成はそれを良く覚えている。
自分を取り巻いていた環境が、彼等の力と言葉によって砕かれたからだ。
自分が恐れられる存在だから。
恐れられて当然の存在だから。
そんな『決定』が砕かれてこそ、今の 重成がある。

「……」

重成は、軍議に出席していた。
これまでの決定事項を伝える集いだ。
重成はいつも通り、静かに半兵衛の話を聞いていた。

「今回は北方に領土仕置を進めようと思う。まずは、奥州だ。そこには独眼竜もいる。早い内に減封はした方がいい。いつ豊臣政権に口を挟んでくるか分からないからね」

半兵衛はいつも通り、至極冷静だ。
半兵衛が口を挟んでくると比喩したものは、恐らく攻めて来るという意味だろう。
そう、それだけ伊達軍は苛烈な軍という事だ。
今回の標的は何度にも及ぶ軍議の末、奥州に絞ったのであろう。
一方の羽州の狐はこの時、豊臣と親交があった為、所領安堵だ。

「奥州の伊達軍は勿論侮れない。独眼竜に竜の右目もいる。ここは明智を落とした時のように攻めれば一騎当千による被害を免れない」

誰もが静かに話に耳を傾ける。
中には重成同様、決定事項を今初めて聞く者も多いのであろうが、軍師の言い分に異論を唱える者はいない。

「まずは独眼竜、彼は三成君に任せる。独眼竜の六爪は非常に厄介だが、三成君になら突破出来る筈だ」

信頼の隠れた言葉。
いや、隠れてもいないであろう。
厚い信頼が籠る言葉だ。
三成は「身に余る光栄」と、言ったかと思うと深々と頭を下げた。
重成は知っている。
私物も何も持たず、何も必要としない三成。
そんな三成が唯一欲する物。
それが君主の命令なのだ。
だからこそ、君主の命令に固執する三成を見る度に思う。

君主が居なくなれば、彼はどうなってしまうのか

だが、重成はいつも疑問を浮かべるものの、解決は自然に止めてしまう。
そんなとりとめのない事を追及しても意味がないという考えがある。
だが、大きな要因は自身も君主に固執している為にある。

考えたくない、
秀吉様と、半兵衛様がいない世界など----

「三成君が独眼竜に対峙すれば竜の右目は黙っていないだろうね。だから重成君。竜の右目の相手は君がやってくれ」

半兵衛が重成に役柄を与える。
重成は思案を止めて目の前の誉れに酔う。

「お任せを」

君主に固執するのは三成だけではない。
自分もまた、例外ではない。

そう感じつつも、重成は静かに頭を下げる。
半兵衛はまだ続ける。
戦国天才の軍師と謳われる彼だ。策にかけての才能に長ける彼は豊臣の力を無駄にしない。

「しかし独眼竜は後手に回る筈だ。頭は速めに潰す方がいい。だから少し大変だろうけど、三成君と重成君には最前線も任せたい。僕等豊臣はいくつかに分かれて攻める。最前線で混乱させ、そこを徳川軍と豊臣の本隊で一気に落とそうと思う。徳川の指揮は家康君が取ってくれ」

勢い。
それが今回の戦法だ。
半兵衛は伊達軍が得意とするのが勢いによる戦法という事を知っている。
それでもなお、こちらも勢いの戦法をとるということは、同害報復を承知の上だろう。

「以上だ、細かな指示は別の場で伝える。今は急ぐのが先決だ。各自、出陣の準備をしてくれ」

半兵衛がそう言うと、誰もが姿勢を屈める。
彼が退出したのを確認すると、豊臣の家臣、右京の家臣、徳川の家臣共々、各自に課せられた命の執行に向かう。

重成に課せられた命は兄と共に最前線で敵を混乱させること。
特に軍を率いる事は言われていない。
当然といえば、当然、
重成と共に行動を命ぜられた三成は、自身が俊足であるが故軍が彼の速さに付いていけないのである。
その兄弟である重成程しか、三成に付属していける者はいない。

「…おい」

重成の目の前で低い声がした。
声の主は重成の兄弟、三成だ。

「なんでしょう」

重成は臆する事もなく三成の呼びかけに応える。

「一点突破を担えるか」

語尾が上がっていない。
しかし、彼が自分に質問をしている事など、すぐに分かる。
その質問に対して首を横に振った。

「膂力に劣る私ではご期待に応えられません」

要件以外を修飾しない二人の会話は単調だ。
業をも共にする彼らに、多くの言葉は必要ない。

「なら私の傍を離れるな。邪魔は許さん」

「承知」

三成はそう言うと足早に去って行った。
彼等二人が要件以外に話すことは現時点殆ど無い。
避けている訳ではない。
お互いに触れようと思わないのだ。

「……」

重成も誘導や指示の為、その場を離れる。
家臣が忙しなく動き回る中を縫うように進む。

進軍は間も無く行われる。



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