ある凶王の兄弟の話


□奥州仕置(上)
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天正18年、7月半ば。
空は今日も快晴。そよ風の吹き抜ける羊の刻。

あれから5日足らずで、豊臣は出兵した。
豊臣の領土仕置に対する反駁が多く、その鎮圧に向かう為だ。
反勢力は放っておくと何をするか分からない。
相対する伊達軍も例外ではなく、特に危険視を必要とする。

なんせ今回対する伊達軍はその前年、摺上原の戦いにて、蘆名軍を破っている。
侮れる相手ではないことは豊臣の誰もが理解していた。


「・・・・・あれか」


眼前に伊達の陣が見える。
眉間に皺を何本も寄せながら、三成が呟く。
豊臣軍は敵軍に見つからないように、影で息を潜めている。
今回の戦法は勢いが主体とは言え、流石に策を講じない訳にはいかない。
敵軍に気付かれない内に三成と重成が攻撃を仕掛け、混乱を招く。
奇襲。
実は、二人に任せられたのは最前線と同時に奇襲である。


「対の伊達軍に動きは見られません」


先程まで、伊達軍の様子を監視していた忍が三成に報告をする。
同じ最前線を任されている重成は、忍の報告を尻目に三成の隣で伊達軍の様子を伺っていた。
勿論、二人の背後には徳川軍が控える。
だがその総大将である家康は他の場にて徳川軍の兵を仕切る。
知ってか知らずか、伊達軍は日本語とも取れない声で士気を高めている。
恐らく、異国語であろう。

そんな伊達軍を見て、重成は目を細める。
先程から指揮を高め続けている伊達軍に不審感を抱いているようだ。


「・・・兄上・・・」

「黙れ」


突然重成の声を冷たく遮る三成。


「その不愉快な呼び名で私を呼ぶな」


どうやら三成は重成が三成の事をそう呼ぶのを酷く嫌っているらしい。
家康等の大将が居る時は我慢しているのだが、今の様に周りに足軽しかいない状況では不満が爆発してしまうようだ。
彼の冷たく、突き刺さるような眼差しが重成に注がれる。


「何故私を兄と呼ぶ。何故その名を使い続ける」

「・・・・・・」


重成は答えない。
確かに彼らは父、石田正継の血を分けた兄弟。
義兄弟でも無ければ乳兄弟でもない。


「聞いているのか!弥三!」


弥三。
三成は聞き慣れない単語で重成を呼ぶ。
三成は只一人、重成の事を弥三と呼ぶ。
その名は、重成の『通称』。


「・・・・・兄上」


重成は自然と下がっていた視線を三成に向ける。
そして、穏やかな笑みを浮かべる。
無論、瞳の奥は全く笑まず、虚無を映す。


「いいのです。私の名は重成です」

「・・・・・・・」

「兄上は兄上らしく、目の前に集中していればいい」


重成らしからぬ、強めの命令掛かった言葉。
三成は何も言わない。
重成の言葉に恐れを抱いた訳でもなく、ましてや悲しみでも怒りでもない。

哀れみ。

三成が感じたのは兄弟に対する憐れみの感情。


「・・・弥三」

「なんでしょう」

「不諱とは、死を指す事をしっているのか?」

「えぇ、もちろん」

「『諱』とは、貴様のその重成という名の事では無いのか」

「・・・・・・・」


『諱』
読みは『いむ』や『いみな』

いむ     と    いみな。


忌む          忌み名。

















「兄上。伊達軍が先程から何度も士気を上げています。こちらを把握してもいないのにしては、随分不自然とは思いませんか?」


唐突にも、話を元に戻す重成。
三成は沈黙していたが、やがて重成を睨み続けるのをやめ、先程から不自然に士気を高めるという伊達軍を視界に戻す。
三成も先程の話を続けるつもりは無いようだ。


「・・・・そろそろ行くぞ弥三。これ以上の待機は半兵衛様の策に支障が出る」

「承・・・・・!」

伊達軍が大きな砂埃を上げて動き出す。
それも、かなりの数で、豊臣の軍が控える場所へと向かっている。
三成と重成が居ない、一番人数が少ないと見受けられる豊臣の分軍だ。
直感で只突進しているのではない。
明らかに戦闘態勢を取っている。

伊達の兵士は豊臣の存在に気づいていた。

それは陽動と言われる戦法。


「・・・・!先手を取られた・・・!!」


三成は徳川軍を置き、その俊足で伊達軍の後を追った。





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