ある凶王の兄弟の話


□(中)
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「兄上!!」


飛び出した三成の後を追う形で重成が唖然と戸惑う徳川軍を置いたまま走り出す。
他の軍の兵だ。どうせこのままでも重成に命令する権限は無い。

重成は三成より身に纏う甲冑が少なく、胴と左手には甲冑を付けていない。
故に三成よりも身軽で、足の速さは重成が勝る。
とは言え相手は三成だ。
そう簡単に差が縮まるものではない。
重成は三成の後を追いながら声を張るが、いつもの声量では伊達軍と徳川軍のぶつかり合う音と声ににかき消されてしまう。
それでも 重成は己の声を三成に届けようと、叫びに似た声を上げる。

「兄上!忘れたのですか!?兄上が半兵衛様に任されたのは独眼竜の相手でしょう!」


三成の足取りが重くなっているのが分かった。
どうにか重成の声が彼に届いたらしい。
だが、 重成の声を聞いてもまだ三成の足は止まらない。
これまで手当り次第に敵を殲滅してきた三成だ。陽動を仕掛けられて黙っている訳がないのは知っている。
命令を与えてくれる主君は三成にとって絶対の存在。
たとえそれが己の意思であろうと命令には逆らわない。
逆らえない、と言った方が賢明であろうか。
その意図が三成の足取りを重くしたのであろう。
しかし、少なくとも重くしただけだ。
止まらない事実に変わりがないのは確かである。
それだけ、豊臣の兵を傷つけられたくないという思いも強いのだろう。
だが、その刹那、


「!!」


三成が重くなりつつも引き摺っていた足を急に止める。
三成が足を止めた事で、反射的に足を止める重成。
一瞬三成が止まったことに動揺した重成だが、その理由はすぐに分かった。


「家康様・・・」


三成の前に、家康が立ち塞がっていた。
威風堂々としたその佇まいは、ただ立っているだけだというのに、大岩が聳え立っているような威厳を感じさせる。
三成は家康を捉えると、眉間に深い皺を刻み、歯を軋ませた。


「どけ家康!邪魔をするな!」


三成の怒鳴り声が戦場に谺す。
柄の先端を家康に向け、突き刺すような眼差しで睨み付けているのが重成にも分かる。
家康は三成の威嚇に動じない。堂々と三成を見つめる。
家康も、生半可な覚悟で三成を阻んだ訳ではないのは見てとれた。


「三成。此処はワシに任せ、半兵衛殿の命令に従ってくれ」


家康の両目は偽りを写さず、真っ直ぐに三成を見つめる。
家康の眼を見ると、重成まで体が硬直した。
不思議な眼だ。
確かに威圧を感じるのに、脅しに似た感覚が少ない。
家康はどんな時でも他人を縛らない人間だ。
その人柄が、両目に出てしまっているのだろう。

三成が今、どのような表情をしているかは 重成からは確認できない。
少なくとも刀を抜いていない時点で激昂している訳でも無いようだ。


「確かに伊達は侮ってはならない。だからと言って、目の前に惑わされるな三成。お前の役柄はお前にしかこなせない」


声は酷く落ち着いている。
すぐ後ろで、自軍が戦っているというのに、この余裕はなんだ。


「この場はワシに任せ、敵の大将を討ってくれ。三成、重成。」


いや、
これは余裕などではない。
きっと、兵を信頼する『絆』であろう。

三成は何も答えない。
家康に対し、私に命令するなと目で訴えかけている。
しかし、差し出す柄を仕舞うと一層歯痒そうに歯を軋ませ、素早く踵を返す。


「行くぞ弥三!ぐずぐずするな!」


「御意、」


三成は苛立ちを露わにしたまま速くも重い足取りで来た道を引き返す。

家康の言葉に対し、三成は行動で肯定を示した。

三成が重成の前を通りすぎると、 重成は家康に向き直り、軽く頭を下げた。


「感謝します。家康様」


そう言い残すと、 重成は 家康の返事も待たずに三成の後を追った。
一人残された家康は、小さく不敵に笑う。


「後は頼んだぞ」


歩みにより揺れる、三成と良く似た羽織を着た 重成の背中を見ながら家康は一人呟いた。
だが直ぐに自軍に向き直り、何事も無かったかの様に戦に意識を向けた。


「秀吉殿の為、全力を出し切れ!」


家康は自軍の士気を高め、己も戦が繰り広げられる大地へ、その足を踏み入れた。














        
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