ある凶王の兄弟の話


□(下)
1ページ/3ページ








独眼竜、伊達政宗。

最も苛烈で好戦的かつ、ならず者の様な風貌の兵を従え、異国語を操る奥州筆頭。
言語も成っていない上、只荒れている様に見える特徴的な兵からの信頼は厚く、人望も厚いと言われている。
当の本人はかなり好戦的な性格で、『戦』を『party』と呼び、片手ずつに三本の刀を持つ独特の戦い方を得意とする。
しかし、その六刀流、もとい『六爪』は、己が認めた者でしか見ることはできないという。









「ここに来るとは踏んでいたぜ?佐和山の狐」


その独眼竜が今、瞳に青い輝きを宿している。
鋭い眼差しが、二人を貫く。
独眼竜の異名を持つ男----伊達政宗は、三成と重成の眼前で青い閃光を纏いながら歩みを進めていた。
青い閃光。
そう、六爪の稲妻である。

既に政宗は、六爪を全て抜刀していた。

政宗は、俯き、砂を蹴るような動きでこちらに歩いてくる。
彼の右目---片倉小十郎は、何も言わずに政宗の斜め右に控える。


「だが、折角来てやったらこの仕打ちだ、借りは高く付くぜ・・・・石田ァ・・・!!」


兜の合間から見える隻眼は、酷い復讐心と怒りに塗れている。
三成は強く鞘を握りしめ、政宗を睨み返していた。
政宗が近づいて来る度に、三成の姿勢が低くなり、柄に右手が掛かっていく。
足に力を籠め、いつでも間合いを詰め、先手を取れる様にする為だ。
重成は政宗を睨ながら体勢を低く保つものの、三成の様に先手を取る態勢をすることは無い。
只、三日月の前立が付いた兜で隠れる表情の奥を伺うだけだ。


今にも息が詰まりそうな緊迫した空気。
政宗と小十郎が砂を擦る音が響く。

その空気を一蹴したのは三成だった。


「秀吉様・・・この者を斬滅する許可を・・・」


三成が足を置く地面が割れる。


「私に!!」


岩が割れるような轟音。
巻き上がる砂埃。
三成は一気に地面を蹴ると、歩み寄る政宗の間合いを詰め、斬りかかる。
だが・・・・


「・・・!」


その斬撃を小十郎は見切っていた。
政宗を襲った、抜刀と同時に左から放たれた三成の斬撃を、小十郎が一瞬で刀を抜刀し、その一撃を防ぐ。
耳を塞ぎたくなる、刀同士が強い力でぶつかり合う音。
刀に収まり切らなかった風圧が、小十郎と三成の前巾とまちを激しく揺らす。

それを尻目に政宗は、俯いた顔を上げ、重成に向かって走り出した。
稲妻を纏う六爪を構え、前立が揺れると同時に紅い怒りを帯びた蒼い瞳が、重成を見据える。



「まずはアンタだ!石田重成!!」


六爪の一振りが、右から重成の胴を抉らんとばかりに繰り出される。


「!!」


構えてはいた。
だが閃光のように鋭く、速い一撃に重成は抜刀する暇を与えられず。反射的に鞘を被ったままの刀で防ぐのが精一杯だった。


「ぐっ・・・!」


あくまでも反射的な行動だったので、政宗の斬撃の威力を全て相殺出来ず、自分の鞘が盾になったとはいえ、殺せなかった斬撃の威力が重成の体を打つ。
鞘が軋む。
政宗は妥協さえ許さず、残るもう片方の三振りの刀を頭上から振り下ろす。


「・・・・!!」


反応は出来たものの、防ぐ術は無い。
刀は鞘ごと塞がっているし、左手を盾にしようとも、重成は左腕に甲冑を付けておらず、そんな手を盾にしてしまえば切り落とされてしまう。
何より、先ほどの衝撃で体制を崩し、軸を頼りに体を逸らす事も出来ない上、思うように動かない。
絶対絶命な状況ではあるが、重成にはまだ切り札が残っている。

正確に物を捕捉する、双眼である。

重成は琥珀色の眼を使い、一瞬で政宗の斬撃の落下地点を予測すると素早く左手を動かし、予測に沿った動きを取る政宗の右手首を掴んだ。
政宗の右手の勢いは相殺され、重成に掴まれたまま動きを止める。

政宗の稲妻が迸る。
腕を伝い、政宗の纏う電気が重成を麻痺させた。
だが重成は痺れに怖気づいている場合ではない。
右手の力を緩めれば鞘で斬撃を防げず、胴に深手を負う事になるだろう。
左手に至っては一刀両断にされてしまう。

たかが感電した位で力を抜く訳には行かなかった。
電気を抜きにしても、独眼竜の力は強い。
当たり前だ。独眼竜は重い刀を片手だけで三本も持っている。
その腕力は重成など比にならない、計り知れない物だろう。
彼を相手に長期戦になれば圧倒的にこちらが不利だ。

重成は持てる力を持って政宗に対抗する。
力を出し切っている重成の手は小刻みに震え、振動が伝わって政宗の鍔がガタガタと音を出す。


「俺の部下を殺すのは楽しかったか?佐和山の狐・・・」


政宗は怒りのあまりか、表情に笑みを貼り付けている。その隻眼だけは剥き出しの殺意を露わにしている。


「事も好かぬ横暴を、楽しいと思った事なんてありません・・・・」


重成も、顔に汗を滲ませつつも、政宗を睨み付ける。


「貴方は実に観察力に乏しいと見受ける。私は『あの日』から、人を蹂躙する為に刀を抜いた事はありません」

「ah・・・・?」


政宗は理解出来ないといった声を出す。

その僅かな隙間、

政宗の力が弱まった時を重成は見逃さなかった。
胴に食い込む己が刀の柄を瞬時に掴み、そのまま抜刀する。
黒光りする刀身が、鞘から姿を現す。


「ッ!!」


一瞬だった。
引き抜かれた刀はそのまま、軌道上に存在した政宗の右腕を目掛ける。


「チィッ!!」


政宗は舌打ちをしたかと思うと、重成の左手を振り切り、刀の軌道から逸らす。

だが、それは遅過ぎた。
正確に言えば、腕を引こうとも逃れられなかった。

重成の一閃は、政宗の腕に命中した。
だが、それは何故か棟での殺傷力の少ない斬撃である上、政宗の甲冑は盾になり、腕を落とされる事も傷付く事も無かった。
それでも政宗が衝撃を受けたのは間違いない。
突然右腕を襲った衝撃に驚いた政宗は大半反射的な動きで六爪を翻し、重成から距離を取る。

荒い砂利が擦れる、
政宗は重成から8尺程の距離を取ると、その先で電光を纏いながら六爪を構える。
構えてはいるが、政宗の隻眼は重成を捉えず、その奥に倒れ伏す己が部下達を見据えていた。
重成は政宗が先程自分が放った言葉を確かめている間に体制を立て直す。

よほど強い力で腰が圧迫されていたのか、力を解かれた後にも痛みは収まらない。
政宗の一撃を止めていた左手も痺れている上、しばらく力が入らなさそうだ。

少し取っ組み合いをしただけなのにこの有様だ。次に先手を取られれば致命的だろう。
やはり、独眼竜は油断していて勝てるような相手ではない。

横目に三成の姿が映る。
彼は小十郎に苦戦しているらしい、二人の怒号やら、刀の金属音が耳に着く程しつこく木霊する。
どうやら三成は小十郎のいつもとは逆の太刀筋に苦戦しているようだ。


「成程・・・峰打ちか・・・・」


部下を観察していた政宗が口を開く。
重成は政宗に意識を戻した。
確かに、伊達軍が襲ってきた時に重成がとった行動は先程と同じ、物打とは逆の棟から放った殺傷力の皆無な鈍い斬撃を型どった騙し討ち。
つまり、峰打ちである。
政宗はそこに倒れ伏す部下の呻き声でも聞いたのか、それとも蠢く様を見たのか、それを見抜いたのだ。
しかし中には三成の斬撃にて命を落とした者も居るだろう。
政宗には、たとえ峰打ちで生きている者が居ようとそちらが許せないらしい、刺々しい威圧を放ったままだ。


「enemyにしては、中々ナメた真似してくれんじゃねぇか。真剣を逆さに持つなんざ、とんだ間抜けのやる事だぜ、石田」


『enemy』とは、敵を指す。
勿論そんなことを重成が知る由もない。
隻眼は、相も変わらず 重成を射抜く様に強く怒りを放つ。
重成は只、その視線に応えるだけだ。


「自軍の兵を殺された方が本望だとでも申すのですか?」

「Ha!笑わせんな」


姿勢を低く保つ政宗。


「だが、あんたは辻褄がまるで合っちゃいねぇ。峰打ちなんぞをした割には、あんたの刀は血生臭過ぎる。刀自体に臭いが染み付いちまった狂者が持つ刀だ」

「・・・・・・」

「そんだけの実力持って逆刃に刀を持つって事は、この俺をナメてるからか?」

「申し上げた筈ですよ。独眼竜」


重成は痺れる左手の震えを感じさせない、涼しい顔で言葉を続ける。


「私は人間を蹂躙することだけが目的で、刀を抜くのは止めました。相手が独眼竜であろうと例外は存在しません」

「・・・・・・・」


政宗の刀に、一際大きな電光が迸る。


「・・・例外は、存在しないだぁ?」


前立で政宗の眼に影が落ち、次第に声には圧が掛かる。
蒼く、怪しく隻眼が光を反射する。
歯を軋ませ、機嫌が悪くなっているのは一目瞭然である。
だが重成は態度を変える気配も感じさせない。
機嫌が良かろうと悪かろうと、己が彼の敵であることは変わらないからである。
重成は無駄は労力は極力抑える。


「ふざけるな!そんな生半可な覚悟で敵前に立つたぁ、この俺に対する冒涜だ!!手前は腰抜け以下の、呆れた腑抜けだ!」


圧が籠る声は怒号へと変わる。
それでも重成は態度を変えない。


「好きに喚きなさい。貴方の放言一つや二つで、私の意思は変わらない」

「shut your face!!」


政宗はそう言い放ち、大きく跳躍したかと思うと六爪に凄まじい電光を纏わせ、重成に襲い掛かる。
重成は既に抜かれた刀を素早く水平線に構える。
依然表情に余裕が映っている訳ではない。
むしろ隠しきれない焦燥が滲んでいた。


「俺と殺り合うからには全力で掛かってきやがれ!!話はそれからだ!!」


政宗の体重を掛けた、跳躍からの雷撃である。
重成は、残る力でその雷撃を受け止めた。
強い金属音、電光の迅る音が空間を駆け抜ける。


「・・・・・!!」


受け止めたとは言っても未だに左手に上手く力が入らず、右手ばかりに負担を掛けているのは歴然であった。


「DEATH FANG!」


政宗の雷を纏った三本の刀が空中へと切り上げられる。


「!」


無論、重成は防ぐ術どころか、そんな余裕さえない。




蒼い輝きが一閃。
政宗の真空の刃が、虚空を切り裂き、重成の刀は重成の手元を離れ、宙を舞う。


「くっ・・・・!!」


刀を弾かれた衝撃で、思わず重成は怯む。
だが、流石にそこは戦慣れした重成だ、怯むだけでなく反射的に政宗から距離を取る。
政宗は丸腰になった重成にも容赦しない。
素早く六爪を構え直すと、高速で重成との距離を詰め直し、右手の三爪で突きを仕掛けてくる。
相も変わらずその手に雷を纏わせ、獲物を睨み付けるような眼差しで重成を見ている。
何の妥協も許さない、復讐者の眼だ。


「これで終わりだ!石田重成!!」


重成の細い目が、政宗の閃光で眩んだ。









    
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ