ある凶王の兄弟の話


□風の奇襲
1ページ/3ページ




相手が裏切る。
その思惑を感じていたのは重成だけではなかった。

それは彼の兄弟、三成が当たる。

共に感じていたのだ。
言葉は一切交わしていない。

その実、二人は城内で共に行動をしない。
常に城の中では、離れている。
重成が刀の手入れをしている時、三成は城を徘徊している。
三成が星を眺めている時、 重成は城から見下ろせる松明の明かりを眺めている。
すれ違えば、声をかけることも、互いに特別に意識することもない。
言葉数も少なく、二人だけで戯言に耽る様は滅多に無い。

それらは全て、互いを嫌う故ではない。

重成と三成が互いを鏡のようなものと思っているからだ。

鏡の中の自分には話しかけないように、彼らもまた話をしない。
しかし、自分が思った事や行動を鏡が模写しているように、二人は言葉は無くとも、情報から得る感情を共有してしまうのだ。
故に心理を交わし合う言葉を必要としない。
常に二人は離れておきながら同調してしまう。

それが、感じたくもない報復であったとしても------





重成と三成は馬にまたがり、野を駆けていた。
二人共青々とした草や、剥き出しになった岩の道中では妙に目立つ純白の馬に乗馬していた。
しかし、純白な馬体に合わず、馬の走りはまるで何かに弾かれ続けているような実に荒々しい足取りだった。
馬の名は『天君』
豊臣の力の象徴であり、純白に輝く体を持った馬だ。
しかし、此度の天君は漆黒に輝く甲冑を全て外していた。
重い甲冑は馬の足を鈍らせるからだ。

そう、今回二人は真意を確かめに行くだけであって、力量の差を再び見せる為ではない。
己を貶めようと目論む影が無いのか、確認に行くだけなのである。
勿論、太閣の許可は事前に降りた。
援護に徳川を付けると秀吉は行っていたものの、待つ事も無く城を駆け出してきた身だ。
それに家康があのような状態であれば、出陣にも時間が掛かる。
元より、軍の勢力は当てにしない。
三成がそのような性格故に、待っていられなかったと言った方が正しいのかもしれない。

二人は只小田原を目指し続けた。
天君が荒い足取りで地を蹴る。
嘶き、蹄を踏み鳴らした力強い走りだ。
甲冑を外そうとも、威厳を感じさせる天君の足取りは全く変わっていないようだ。
曇天は小田原に向かう度に濃さを増し、昼間とは思えぬ薄暗さを演出している。
重成は天君の手綱を握ったまま曇り空を見上げる。
彼の前には同じく天君に跨った三成がいた。
三成は後ろを振り返って、彼が付いて来ている事の確認さえしない。
当然重成も、三成が振り返るとは思っていない。
互いの矜持は暗黙の了解なのだ。互いを鑑みることなどそうそうない。
黙々と、只小田原を目指し続ける。

しかし、重成は何処かいつもの落ち着きが無かった。
表情は固く、眉間に若干皺を寄せている。
手綱にも力を入れて握り締めていた。
気持ちが落ち着かない。
その理由は本人でさえ分からない。

---何だ、この胸騒ぎ・・・----

不自然な疑惧に対し、そのように感じる事しか出来なかった。
前を走る三成でさえ、己のような不安を一切覚えている気配も無いのに・・・。
三成は只、前を走り続ける。
その背中には微塵も恐怖や躊躇いは滲んでいない。
何故己だけがこのような胸騒ぎを覚えているのか。
刹那は曇天のせいにもしたが、すぐに重成は察した。

長年培ってきた彼の危険予知能力が危険信号を発しているのだ。
形容しがたい胸騒ぎは、その為である。

三成は太刀に自信を持っている為に、起こりえた状況察知には長けているが、予知する感知能力には欠けていた。
大方三成は予知せずとも番狂わせな態様の適用に慣れているのだろう。
重成は違う。
突然起こりえた態様に対応しきれないからこそ、視覚や感覚で先読みをしているような部分がある。
察知していると三成に比べて利点はあるが、また難点もある。
察知が可能であれば、直ぐに反撃や防御などの動きを取る際に無駄な躊躇が省かれるが、危険信号さえすり抜けた危機からは逃れられないのだ。
そうならない為にも忍にさえ劣らない察知能力を持つ重成。
今彼が胸騒ぎを感じているのは明らかに予知によるものだが、何かしらの危険は察知出来ても、誰かが何をしてかけけてくるかは一切分からないのだ。
確かに危機が迫っているのに、何があるかは解らない。
何せ、流れる風景の中では得られる情報量が少な過ぎる。
だが、尚も何か掴むまいと第六感を集中させた。

「・・・・?」

重成が察知した気配は、いつも感じている物とは乖離した、異質な物だった。
精神を集中させて感受しても、これまで感じてきた誰の気配とも異なる。
足軽にしては速く、忍にしては形の無い。
そして自然に有るものにしては常軌を逸した気配。
正体が分からない何かが、先程から自分と三成をつけている。
手綱を握る掌が、無意識に汗を滲ませる。
予知だけは出来ている重成にとっては、見えない恐怖を目前としているような感覚なのだ。
怖いという感情は持ち合わせていない彼は、恐怖を感じない分緊張が高まる。

重成は、一抹の不安が過ってならなかった。












その予感は的中する事になる。




   
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ