ある凶王の兄弟の話


□強弱者の復讐
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崩れ落ちた瓦礫は大仰に砂塵を舞い上げる。
砂埃は一気に澄んだ空気を汚してしまう。
周りに漂うのは、砂埃が出す砂の匂いと松明が出す木が焼ける匂い。
そして耳に届くのは周りに反響してハウリングを繰り返す轟音。
門は見るも無惨な姿へと変わり果て、元来守る筈の城を穿たれた穴から覗かせていた。

官兵衛は笑う。
崩れ落ちたかつての同胞を前に高く、低い声で嘲笑する。

「無様だな重成!この小生が!今度こそ天下を頂く!」

まるで瓦礫に隠れて姿の見えない重成に宣言しているかのような口振りだった。
いや、官兵衛は重成を倒したのを切っ掛けに奥に控えている豊臣勢に向かって言明したのかもしれない。
だがこの際どちらで同じこと、
重成に向けて言ったにしても、奥の人間に言ったにしても、重成は門の欠片の中から出て来ず、また声は豊臣勢に聞こえてしまっている。
門が破壊されてしまった時点で、何かあったと中の者が気付いた事は明白だ。
足軽が群がって来るのも、大阪城の家臣に話が行くのも時間の問題である。

「官兵衛!!」

怒号。
哄笑を遮るように紡がれた声は、怒りに満ちていた。
官兵衛は哄笑を止め、髪で隠れた視線を門の向こうへと移す。
声の源は門の奥の、城前からだった。
砂埃に塗れた門を跨いだ、その奥。
闇を纏いながら壊れた門へと歩み寄る一人の影。
長刀を携え、栗形の無い鞘に無理に巻かれた下げ緒。

「三成…やっぱお前さんか」

彼は迅速だった。
城の中に居たにも関わらず、門の前で唖然としていた足軽達よりも早くその場に現れたのだ。
三成が門に近付くにつれて明確になっていく彼の表情。
怒り以外の感情が欠落した表情が官兵衛を突き刺す。
距離の開いた互いは、互いの得物の射程に入ることなく睨み合う事しか出来なかった。

「その門を壊した事がどういうことか、分かっているのか」

三成に、久し振りに会ったのであろう官兵衛の姿を懐かしむような素振りは一切無かった。
味方としての過去を思い出すでもなく、特別な態度さえ見せない。
あくまでも三成は、敵として官兵衛を見ていたのだ。
その敵を睨み付けたままで低く三成が唸る。
官兵衛は戯けるように首を傾けた。
首がパキリと、軽い音を出す。

「分かっているつもりだね。この日の為に小生がどれだけ穴蔵の中で策を練ったのか、お前さんは何も分かっていない」

まるで挑発しているかのような口振りだった。
痺れを切らした三成の右手が柄に掛かる。
その時、

「!」

壊れた門の下。
瓦礫が折り重なり、砂埃が絶え間なく舞う空間。
官兵衛と三成の会話を裂くような音と共に、残骸の中から突然、天に向けて『腕』が現れた。
天を掴むかのような形で、その腕は自分の存在を訴えていた。
三成の位置から見れば突然現れた腕はとても矮小であったが、そんな事さえ忘れてしまう程唐突過ぎた。
刺々しいデザインの甲冑に引き締まった曲線。
三成は、その腕が誰の物であるかは考えずとも直ぐに分かった。
いや、元々考える必要はない。
紛れもなくそれは重成の右腕。
無残に積み上がった木切れの中から、舞い上がった砂を被ったままで、己が存在を淡く主張していた。

三成は歯を軋ませる。
門の残骸の中から兄弟の腕が現れた事が、門を破壊された時に何があったのかを明確に物語っていた。
摺り足で一歩官兵衛に近づくと、吠えるように言葉を紡ぐ。

「貴様ァ…!!」

官兵衛は三成の様子を見て、低く笑った。

「その様子を見ちゃあ、そいつはお前さん達に何の報告も入れず単独で此処に来たみたいだな」

枷で縛られた不自由な手で、残骸から突き出す重成の腕を指しながら官兵衛は続けた。

「アンタの兄弟も莫迦なこった。小生相手に思い上がり過ぎなんだよ!」

彼が言い終わると同時に、木切れの残骸が蠢き、重成が姿を現した。
埃に隠れ、おぼろげに彼の輪郭が浮かび上がる。
それは上半身だけを起こし、右手で状態を支えているシルエット。
左手はだらしなく垂れている。
彼の表情は誰にも伺えない。
未だに舞う砂埃の中、下を向いているせいで誰からも見えない。
明白なのは、俯いた顔の頭部辺りから滴を滴らせている事。
ポタポタと落ちる滴。
重成の荒い息遣いを、土煙の流れが浮き彫りにさせる。
余裕が微塵も無い事は誰もが理解した。

三成は重成の姿を映したまま沈黙する。
只視界の先に官兵衛と重成の姿を反射しながら人形のように黙っていた。

「…情けない」

やがて、門の残骸から状態をゆっくりと起こしながら重成が呟く。
まるで拍車をつけるように、呪いのように淡々と言葉を続ける

「唾棄すべき、軽蔑に値する行為。忸怩たる忌々しく不甲斐無く嘆かわしい愚劣不愉快顰蹙極まり、な…」

足がふらつくのか、実に遅い動きだった。
淡々と彼の口から紡がれるのは在り来たりな罵倒雑言。
誰に向けられているのかも分からない、感情の籠らない乾いた台詞。

だが、重成自身、己の発した言葉の意味を理解していなかった。
何故自分が立ち上がったのか、全く分からなかった。
動いてもいないのに視界が歪む。
血を失い過ぎたのか、ものを捉えようとする度に視界が反転しそうになった。
脳裏は冷静に、身体に起きた事を分析する。
あの鉛玉の辺り所が悪かったらしい、三半規管がおかしくなっているせいで身体の軸が安定しない。
それでも立ち上がったのは、本能だった。
罵倒雑言は無意識下で、己に向けられて紡がれた言葉。

「………」

限界。
人間が存在する上で、誰もが持つ上限。
とうにそれがやってきていたらしい。

限界を悟っただけで、重成の意識は途切れた。
何をするでなく、力無く残骸に崩れ落ちる。
三成はそんな兄弟の姿を見るなり、舌打ちをした。
そして徐に刀を抜きながら近くの足軽に言う。

「弥三を回収しろ。邪魔だ」

足軽が反応を返す前に、三成は門の外に向けて走り出す。

「みっ…三成様!」

三成の足は止まらない。
それ所か徐々に速度を増し、空気を裂いてゆく。
倒れる重成を気に掛ける様子さえ微塵も感じさせないままで、彼の頭上を駆けた。
白刃の刃は藤色を帯び、標的に向かって一直線に振るわれる。

「無事で帰られると思うな、官兵衛!」

「ハナからそんなつもりで来た訳じゃないんだよ!」

三成が門の外の地面を一蹴した時、
官兵衛が腕を振るい、鉄球が宙を舞った時、
刀と鉄塊は火花と衝撃波を纏って交差する。
夜という事さえ感じさせない爆音。
あまりの衝撃に松明の炎が消え、松明自身も飛ばされる。

「どうだい、自分で付けた鉄球の重みを味わう気分は!」

官兵衛は三成に問い掛けるが、勿論三成から返事は無い。
彼はただ、強く地を踏み締めて居合の態勢を保つばかり、

続く、三成の第二撃------



         
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