ある凶王の兄弟の話


□霞色
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彼は見た。
人間の気高さを

彼は知った
他人の背負う誇りを

彼は感じた。
己に巣食う感情の羅列を

彼は誓った。
揺るがぬ忠誠を

はたまた己に捧げるべき心が残っているのか、
都合の良い『武器』であるならば捧げるべき命も、心も必要ない。
忠誠だけを捧げれば、大抵の主従関係は成り立ってしまう。

君主の捉え方が三成と違うのは、そこが原因なのだ。
重成は三成のように捧げるべき心を持たない。
故に彼は太閤亡き時に泣き喚かなければ叫びもしなかった。
そこには過ぎ去った時間に縋ろうと意味がないという考えがあったのかもしれない。
先だけを思いやり、亡き人間に情の一つも湧かせない自分に気付く客観的な視点が無ければ、本当に孤高だったろう。
皮肉にもこの客観的な視点は、孤高な自分に気付かせてくれるという利点を持ちながら、また三成のように純粋に感情に流される事が出来ないという欠点も合わせ持っていた。

感情に流されるとは、言い換えれば感じたままに動く事だ。
情の趣くままに生き、複雑怪奇な現象に囚われない。自由そのもの。
だが今の重成にとってその行動は短慮で愚かな物にしか映らない。
寧ろ哀れにすら見えているだろう。
だが時として美しくも感じる。
何故だか重成は知っている。
打算が無いと言うことは、当然身の上の安全も配慮していないということだ。
常に危険に対し恐怖を持たないと言う事になる。

『恐怖』とは疑問の行き着く先にある物。
また、心の屈した先にあるもの。
心を無くしてしまった重成にとって、それは最も悠遠で密接な感情。
そして彼が最も嫌う生存本能の一つ。
重成は三成同様、死体を見たり血を見たり、人間を跡形もなく刻んだ程度では恐怖を覚えない。
ましてや捲し立てられた程度では屈せず、脅しを使われたと認識すれば弱腰になる所か殺意を滲ませる。

怖いのは『誰か』ではない。
紛れも無い『自分』なのだ。
自分に恐怖を覚えるのは、思考が決別してしまった為にある。
分からない事に対し恐怖を覚えるのは人間の性。

それに対し三成は思考の『疑問』を知らない。
故に恐怖を感じない。
真っ直ぐで、芯のある生き方をしている。
だからこそ、美しく見えるのだ。
なのに自分は…

私は、余計な事を考えすぎだ。
勝手に憶測のみで決定し、予想は絶対だと信じ切っている。
今だってそうだった。
勝手に無理だと決めつけ、内心では死ぬつもりでいた。
百を超える人数相手に、どうやって峰打ちのみで勝利を得ろと言うのだ。
…だが、


マイナス方向へと慮っていた思考は、たった一人の絶対なる存在に打開される。
軍師は諦めない姿勢を見せた。
最後まで生き抜く事を選択していた。
だからこそ彼も諦めない。軍師の小姓であり続ける。
諦めないという姿勢さえ、どこかの誰かの模範でしかないというのに、
重成は綺麗事を纏う。
心の底から求めもしない、光を探して-------


------半兵衛様
光とは、何でしょうか
生に執着する往生際の悪い人間を『美しい』と呼ぶ事は知っています。
ですが、何故それは美しいのでしょうか
少なくとも私は、そうは思いません
今の貴方は、醜く生に縋っている
綺麗事で着飾ろうと、所詮それは張りぼてなのです
すぐに諦める意気地の無い人間は『醜い』のでしょうか
何故それは『醜い』のでしょうか
少なくとも私は、そうは思いません
死に場所を選ばないのは潔く、儚く思えるからです。
だとすれば、一体私はどちらなのでしょう
それとも、どちらでもないのですか
私の兄弟はきっと、誰が見ても醜いのでしょう
様々な考えの中にも、光と闇は存在します
家康様のように、温和で全てを遍(あまね)く照らす光
三成のように、他人を傷つけて全てを陥れる闇
その『間』は、果たして存在するのでしょうか
私はどうしようもなく、曖昧だ
私はどうしようもなく、不分明だ
貴方は一体どう思われますか
誰かの模範をすることで、今を凌いで生に縋る私を
私を映す瞳の奥が知りたい
ハッキリとしない己が気に食わない事は確かなのです
私にはそれしか分からない
半兵衛様
答えて下さい
応えて下さい
幸せとは、何でしょうか
幸福とは、何でしょうか

私は、知りたいのです


        
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