ある凶王の兄弟の話


□兄弟の憂鬱
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日が昇って時間の浅い早朝。
重成は待ちわびたとでも言わんばかりに馬車を降りた。
冷たい風に運ばれてくる唐草の香りが身に染みる。

現時刻は寅の刻。
白く染まった月が淡く存在を主張していた。
空は多少薄暗いが、雲がちらほらと点在しており、天気はほぼ快晴に近い。
朝露を乗せた草は光を反射してキラキラと瞬いている。
石田軍が休憩していた場所は、短い草花が目立つ細逕(さいけい)だった。
木々や坂道により遠くの景色は遮断されてるが、既に大阪からは遠く離れている。

重成は周囲を見渡す。
近場で休憩していた兵が重成に気付き、驚きに目を白黒させながら彼に声を投げかけた。

「重成様!このような早きお時間に如何なされた!?」

馬に跨っている者や、家臣の護衛を任されている武将や兵以外はまだ寝息を立てて眠っているような時間帯だ。
しかし、重成は単調に言う。

「表の空が見たいだけです」

終始表情を崩さないままで述べる。
馬車の中では、窓枠から見える狭い空しか伺えない。
重成は吉継が寝入って一人になった時、それだけを気にかけていた。
一度は臥す事も考えはしたものの、中々そのような気にはなれなかったのだ。
元来から安眠の一つしたことがない。
しないのではなく、出来ないのだ。

兵から見れば、重成に興味を持つ者は少ない。
重成を兵士の大半は理解しようとしない。立場が無ければ敬いもしないだろう。
戦場にいる以外の彼は、あまりにも覇気に欠けるからだ。

「……」

ふと空を見上げた時、何かを探している自分を認識する。謳う雀に目が止まった時、鴉を探しているのだと気付いた。
何故鴉など探しているのかと自分に問う。
答えは返ってこない。曖昧な本心の底は沈黙したままだ。

空を見上げたままで兵士に問う

「厳島まで、あとどの程度でしょう」

「およそ一里先にございます。このまま休まず向かえば、日の完全に昇るまでには到着する頃合かと」

「そうですか。ありがとうございます」

馬車の前に移動し、天君を宥める。天君は重成の姿を見ると体を揺らす。
鬣を触ってやれば嬉しそうにブルルと唇の隙間から息を漏らした。
重成は、意図せずとも無垢な動物の好感を買う。
重成の思慮を天君が理解出来ている訳ではない。もっと奥の、感覚的な場所で動物とは繋がり合っていた。
天君と触れ合う度思う。天君はきっと私でも知らないような私の事を知っている、と。
ただの願望なのは重々分かっているが

「私は歩きます。寝ている刑部を起こしたくありませんし、天君の負担軽減にもなりますから」

その言葉に、兵は顔を合わせる。
やがて重成に眼をやりながら、頷く。

「…承知しました。怪我のなき様に」



            
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