ある凶王の兄弟の話


□リアストラテジー
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「出せーーーーッ!!!こんな所に小生を閉じ込めるなぁぁああ!!!」

蝋燭の明かり一つない、暗い倉庫のように簡素な一室。
部屋の明かりは、幾重にも木材が積み重なった張りぼてのような天井の隙間から差し込む明かりのみだった。
上があんなにも脆く出来ているのに、扉だけは逃亡を阻止するためか鉄で出来ている。その頑丈な扉を、もう何百回と不自由な両腕で叩いた事だろう。

石田軍と毛利軍の協定が結ばれ、一日が経過した。
官兵衛はというと、あのまま毛利の兵に誘導され、毛利の城に残るのかと思えばこの有様だ。
狭い一室に閉じ込められ、その部屋が揺れているような感覚と波の音から察するに、きっとここは船の中だ。
何故船の中にいるのか、何故船で運ばれているのか、官兵衛には情報が一切なかった。
部下ともはぐれ、こんな部屋で隠すように運ばれ、部下たちの心配する顔が目に浮かぶようだった。

「くっそ…!!刑部め!必ず何か企んでやがる…!小生にあんな事をさせて、挙句の果てに閉じ込めて、一体何がしたいんだ…」

強く何度も、官兵衛は扉を叩いた。
その間も、様々なものを思い起こす。
大阪城に奇襲を仕掛ける以前に吉継に声を掛けられた時も、何一つ上手くいった事はなかった。
その上吉継は情報を一切遮断している。
何故だと聞いても知る必要はないとか、知ってとうするだとか、そんな返事ばかり。
憶測で問い詰めても生返事しか返さない。
自分でも哀れだと思う程に、吉継の掌の上で転がされているだけだ。

「くそ…くそッ!!」

何を言っても、虚しく部屋に反響するのみ。一番腹が立つのは、味気ない設備よりもこの天井だ。
毛利が言ったのか刑部が言ったのか知らないが、あんな粗末な造りでも鉄球が重くて出られないという事を考慮してやがる!
出口は目に見えているのに…
なのに自分が出られる出口は嫌に頑丈で、
このもどかしさがやりきれない。

「このまま奴の思い通りに事が進んでしまえば…どうなっちまうんだ…」

刑部が仕込んでいる事は日ノ本に病巣を振りまいている行為と同じだ。
西と東が袂を分かった現在、この工作がどんな吉報を呼び寄せるのか知りたい。
いや、吉報なんてない。この工作はいずれ人を貶め、破滅させる。そんな気がしてならない。少なくとも自分には良い事なんて一切ない
官兵衛を隠すように進むこんな裏工作、きっと三成や重成は知らない。
こんな陰湿な手口、あんなにも一直線な二人が許すはずがない。
吉継独断ならば、これは何の為に…
誰の為に?
一体何を目論んでこんな事をしているのだろう。
何にせよ、これは良くない事だ。
官兵衛の第六感がそういって警鐘を鳴らしている。

「…こうなったら、だ」

壊す。
叩いてもビクともしないなら、この鉄球で扉を破る以外に方法はない。
このまま大人しくしていると思うな。

刑部の計画を台無しにした上で、お前さんの企みの全てを暴いてやる。


官兵衛は扉を壊そうと、鉄球を力いっぱい振り上げた。
その時----

「!!」

突然固く閉ざされていた扉が開く。
突如介入した光に目が眩んだ。
驚きに浸っている間も虚しく、官兵衛の鳩尾に衝撃が走った。

「ぐぉあ・・・・ッ!」

両腕を振り上げだ状態だったので、防御も出来ずにモロに衝撃を受けてしまい、そのまま後方に飛ばされてしまう官兵衛。
部屋の最奥の壁にぶつかり、ようやく床に伏せる。
蹲ってむせかえる官兵衛を見下ろす影があった。

「ぬしの考える事など、お見通しよ」

扉の奥から現れた、全身に包帯を巻いた者。
怪しく宙を漂う輿に乗り、背後には円を描くように浮遊する数珠の珠が浮かんでいる。
現れたのは吉継だった。

「刑部…!」

ゆっくりと起き上がり、未だ痛み続ける鳩尾を押さえながら吉継を睨み付ける。
これは幸なのか、不幸なのか、
最も会いたいと思っていた人物が自ら現れたのだ。蹲っているだけで何も聞かない訳には行かない。
半日でも日が落ちてもまた昇っても、まだまだ問責したいような気分だ。

「お前さんは一体何を考えているんだ…!三成をどうするつもりだ…!!」

「さぁな…」

分かり易く、吉継はのらりくらりと舞う。
目が細まったのが分かった。
嗤っているのだろうか、官兵衛を哀れんでいるのか。
きっと、嗤っているのだろう。
この者が官兵衛に同情する訳がない。

「ぬしがそれを知ってどうするつもりだ?官兵衛」

「刑部ゥゥウウウゥッ!!!」

投げかけられたいつもの台詞に、官兵衛の怒りは沸点を超えた。
怒りが脳裏を支配する。
痛みが残っている身体にも関わらず、官兵衛は吉継に向かって走り出していた。
鉄球を引き摺りながら、勇猛果敢に挑む。

官兵衛が向かってこようと、吉継に慌てた様子は微塵も感じられなかった。
むしろ揺るがないその姿勢から、余裕すら感じさせる程だ。
怪しく、吉継の珠が光る。
包帯がゆらりゆらりと、この世のものではないような錯覚を起こさせる。
怒りに支配された官兵衛は、その吉継の不気味さに臆する事はなかった。
吉継が少し手を翻せば、応える様に珠は回転し始める。
低い声で、吉継は言う。

「不幸よ、さんざめく降り注げ…!」

数珠の数々が、官兵衛に襲い来る・・・-------


               
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