ある凶王の兄弟の話2

□切先が差す方向
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耳を劈く激しい金属音が鼓膜を破壊せんと打ち鳴らされている。
しかし、そんなものはとうに意識の外に追いやられていた。
両者共、何度も鼻の一寸先を得物が掠める。
何度も、何度も、
もはやこの緊迫感さえも板に付き、焦ることもなくなってしまった。
動揺は滲まない。焦っていないのだから。
焦りは感じない。身体が覚えてしまったのだから。

実際の所、焦燥を忘れた戦い方など望んでいなかった。戦慣れなど望んでいなかった。
いや、自分は本来から何も望んでいない。
かつて、たった一つ胸の内にあったものは太閤の側に居たいと、その願いだけ。
これは結果なのだろう。
業なのだろう。
婆娑羅者となったのも、身体が人を手に掛けるに効率の良い動きを記憶したのも、
苦しめない屠り方も、その逆も、全ては望まずしてやってきた結果なのだ。

攻防を繰り返しながら、元親は叫ぶように言葉を刻む。

「涼しい顔してんなぁアンタ!冷静なその顔は石田にそっくりだ!だがアンタの眼には石田のように熱が籠ってねぇ、からっきし真っ白だ!」

「余計な胸懐は戦に必要ありません」

「戦は情感があってこそ相手を分かり合えるモンだ。それがない戦は殺し合い以外の何モンでもねぇ!」

「戦とは蹂躙だ。残党によって憎悪は連鎖する。その鎖を断ち切る為に目の前の敵は鼠一匹とて殲滅するのみだ」

「そんな戦誰も望んじゃいねぇ!殺し合いなんざ国を混乱させるだけだ!」

「蹂躙の先にこそ安寧はある。太閤はそう仰いました」

「違う!一方的な蹂躙なんざあっちゃあならねぇ!」

一層の火花が迸った。

「石田軍は豊臣が言った事全部が正しいとでも思ってんのか…?思っているから俺の国を『一方的』に壊したのか?アンタはどうなんだ!言ってみろ!」

「………」

感情任せの一振りは容易く避けられる。
しかし西海の鬼を相手にいつも身体が覚えているだけの動きで対峙するということは難しい。
感情任せとはいえ、元親の太刀筋が上手く読めないのだ。
相手の攻撃を避ける上で軌道の予測は必要不可欠。今対峙する得物は、まさにその軌道が読みにくい。
一見読み易い様には思えるが、実際は逆である。
刀のように軌道がハッキリとしている武器に比べ、元親が使用しているのは碇槍というこれまで使っている者さえ見たことのないような異質な武器なのだ。
刀と違ってその異質な形状は空気抵抗から風を切る流れの全てが刀とは異なっている。
故に僅かな元親の腕の傾きが攻撃の速度を左右することになる。
刀はどれだけ曖昧に振るっても、風を切る故に軌道に従う事となる。動きが読みやすい刀とは異なり、生憎の所こんな武器を使う者を見たのは初めてだ。
軌道も何も、力任せな攻撃にはあったものではない。
あの六爪を扱う独眼竜でさえ、刀を使っているというのに。
元親はこんなにも重々しい武器を軽々と振り回して見せる。
一撃でも受ければ致命的であることは必須だろう。
正面から何度も受け止めようものなら三成の二の舞だ。

「おぉぉおおおお!!」

炎を纏った大きな一振りを、重成は冷静に対処する。
碇槍の巻き込んだ風圧に身体を委ね、ひらりと躱したかと思えば即座に相手を断ち切ろうと刀を振るう。
だが元親も軌道に従った一閃が読めない程素人ではない、顔を逸らして刀を避ける。
勢いを殺す事なく、もう一度碇槍を振り翳す。
刀を振り切った体勢の重成は防御の姿勢を取らない。
表情すら冷静なままだ。
重成はその一振りに対し少し銃を傾け、銃身を滑らせるようしにて元親の一撃を逸らした。
銃身に火花が走る。
元親の得物が鋼を滑っただけだというのに、恐ろしい程の衝撃を感じた。
これは確かに、真っ正面から受けて無事で済む筈がない。三成の腕が痺れるのも納得出来る。

しかし、余計な事に思いを馳せている程余裕がある訳ではない事も明白。
そのまま隙だらけになった元親の胴に斬りかかる。
しかし唐突に距離を取った元親を前に、その斬撃は空振りとなった。
距離を詰める重成。
元親が碇槍を振り上げた瞬間、足元に違和感を感じた。

網だ。
いつの間にやら、足元に網が這っている。
砂に隠れ、砂の色と同化する網を見つけられたのは幸運だった。
元親が碇槍を振り下ろした瞬間、砂に眩んでいた網が上方に引っ張り上げられ、中心にいた重成は四方を囲まれる形になる。
だが網の存在に気付いていた重成は、網に覆われてしまう前に飛び上がり、捕縛される事態は免れた。

「何て手段だ」

あれで捕まっていたら、まるで海の中で網にかかる魚のようだ。
小さく嘲りながら空中で元親に銃口を向ける。
丹田の闇を銃に集中させながら元親を捕捉する。
依然元親は得物を振り下ろしたままこちらを睨み付けている。
トリガーに力を籠めかけた時、元親が一気に碇槍を振り上げた。

「とったァ!!」

「!」

刹那、
元親の槍から離れた碇が、一直線に重成に向かって飛来する。
捕捉していたのは元親とて同じだったのだ。
予測し得なかった事態に驚きはしたが、やはり焦る事はなかった。
そう、攻撃は一直線なのだ。
こんなもの、予測さえしていれば素人でも避けられる。

重成は態と体位を崩して飛来する碇を避けた。
刀を銜え、自由になった右手で後に残る碇と元親の槍を繋ぐ鎖を掴み、崩れた体位を安定させると同時に元親を再び捕捉する。
碇がなければ元親が使っているのはただの槍だ。
銃弾を防ぐ術もない。

「!」

瞠目した元親は、慌ただしく槍を旋回させた。
勿論、その槍に繋がった鎖を握っていた重成は慣性の法則に従うままぐらりと視界を反転させてしまう事になる。
標的を見失う。
発砲しようとしていた最中に、これ程までに混乱する事はない。

重成は鎖を手放し、再び自由となった右手で銜えていた刀を握りしめた。
自由落下する重成。
しかし焦燥で眩んでいる元親を前に自由落下で充分だ。

「ぐぅう…ッ!」

歯を食い縛る元親
重成は相手がそんな表情をした所で手を緩めるつもりはない。
猛者を前に全身全霊で挑む事こそが、敬意の証。
重成はかつて、豊臣の軍師にそう教授を賜った。

着地と共に、顔面に向かって刀を横薙ぎに振るった。
間一髪、元親はその斬撃を伏せて避けた。
元親の白髪は僅かに切り裂かれ、彼の脂汗が砂に塗れて舞った。

追い打ちを掛けるように重成が避けた元親の顔面に向かって銃口を向けた。

しかし、驚いたのは重成の方だった。

        
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