ある凶王の兄弟の話2

□日没す暁
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慶長五年九月十五日。正午
空は概ね曇天。雲間から覗く太陽と月が一つに交わろうとしている。その真下にて関ヶ原の大地を冷たい風が撫でた。大地は開け、霜に焼けた枯れ草がびっしりと辺りを覆っている。それらは何度も人に踏まれてつぶれていた。
双極にて無数の旗が佇む。
東の地には山吹の旗印。刻印されたるは葵の紋。
西の地には藤色の旗印。刻印されたるは九曜紋。
厭離穢土欣求浄土
大一大万大吉
天に聳えるあの日輪と望月が交わるように、二つが混ざり合った刻-----

日ノ本の命運は大きく左右される


雷でも帯びているかのようなピリピリとした空気。舌先が痺れるような息遣い。
やけに重力のかかった空気をものともせず、凶王は憎き東照の名を叫ぶ。

「徳川…家康…!家康ゥゥゥウウウゥウ!!!」

名を叫ぶ毎に、憎しみを膨らませ続けているかのような
ただただ標的の首を斬らんとする人の影が、そこにはあった。
彼を突き動かしているのは復讐心。
心から忠誠を誓った太閤を奪った罪人に裁きを齎す為。
日ノ本の先に何があるのか。僅か先の未来も、関ヶ原での戦がどちらに傾くのか、その明日さえ眼中にはない。
全てはこの瞬間の為。
かの者を斬首する瞬間の為、彼はこれまで進んできた。自らが歩んできた道程に後悔も懺悔も、何もない。
混じりけの無い怒りを胸に、

彼の者は関ケ原の大地に立つ。


対する山吹の旗の下で鬱金色が煌る。
短蘭羽織の頭巾を静かに脱ぎ、静寂な空気の中、東照は静かに呟いた。

「石田…三成…」

遠き思い出を懐かしみ、憂い続けているかのような。
藤色の旗印を鬱屈とした表情で眺める人の影。
彼を突き動かしているのは使命感。
戦火の絶えない日ノ本に安寧を齎す為。
だが、目の前に控える大戦もまた、自分が嘆く戦火であることを理解している。
全てはあの永遠の為。
この国が太平となる瞬間の為、彼はこれまで進んできた。自らが歩んできた道程が後悔と懺悔に苛まれようと、その決意が揺らぐことはない。
混じりけの無い覚悟を胸に、

彼の者は関ケ原の大地に立つ。


大地に暗雲よりも深い影が落ちる。
日輪が陰る。
月と一体となり、光は黒く染まる。辺りは音もなく夕闇とも取れぬ闇に包まれた。
厳かな大地を一蹴するかのように、暁と宵の真下で十六万もの軍は、空や大地をも、そして日ノ本さえ揺るがすような雄叫びを上げた。
武士が扇を投げる、采配が翻る。ある足軽は旗を掲げ、ある者は刀を抜く。ある兵は火縄銃に火種を灯し、ある武将は武士(モノノフ)達を導く。
陣笠の奥で、彼らは何を考えているだろう。大将のように敵軍に怒りや敵対心を剥き出しにする者もいれば、生き延びる事だけを考えている者も、或いは他を考える事を止めてしまった者もいるだろう。
彼等は等しく戦場に立ち、等しく争う。

そこに慈悲も祈りも無く、
淡々と、漠然とした死が迫っている。

開戦の法螺貝が轟く。
幾重にも、幾重にも、切り立った大地がそれを反響させた。



合戦はここに始まる------
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