ある凶王の兄弟の話2

□黙視の天
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奴も同じ事を言っていたな。

東照の太陽。
武器を捨てた嫋やかで穏やかな青年にして、三つ葵を背負った東軍を束ねる大将。
鬱金色の太陽
権現
彼を指す言葉は数多にある。人々の噂が一人歩きをして、無いことすらも偶像される程に、
その武勇を一口に語れば、さぞや貫禄や威厳ある大男とでも思えるのだろうが、実際のあの男はつまらない程に平凡な人間である。
一つ異なるところと言えば、彼は状況がどの方向に転向しても同じ事を口ずさんでいた。
受け入れる。
自らが背負う。
その上で民の上に立ち、自らの正義を貫き続ける。
自分が信じた太平を目指し続ける。例えどのような災難が降り掛かろうと、

かつての友を裏切ろうと揺るがぬ確固たる確信と決意。
それが一人の少年にとってどれ程の決断だったのか。どれ程彼はその理想の為に自らを殺めたのか。
そして今尚どのような非難を受けているのか。
孫市には分からない。
何せ彼女とは全く異なる生き様だ。
ただ言える事はある。
感じることはある。
これまで傭兵として数多の人間の生き様を見てきたが、あの男は飛び抜けてからすだ。
一度口を開けば、反吐がでるような綺麗事や慈悲ばかり
戦国の中、多くの人間の上に立つ身で合理よりも人の感情を取る馬鹿な将軍はこの世であの男だけだ。

目の前にいるこいつは、奴に似ている。
石田三成とは似て非なる西軍の要、唯一残された凶王の血縁者。自らの宿命に翻弄され続けた凡人。
彼の澄みきって真っ直ぐな瞳は東照のそれとよく似ているが、その瞳の先が捉えているものは全くの逆だろう。
東照は未来の希望を見ているのだろうが、こいつは同じ眼で無知の後悔を見ている。
遍く全てを見通す目を得ていながら、或いは自らが選択した道を侮蔑の愚だと自覚していながらそれを見据えている。
だから、
彼等は互いを分かり合えている筈だ。
ならば彼は東照が反旗を翻した理由を知っているが必然。もしかすれば、彼は腹のどこかで東照が正しいと思っているのかもしれない。それでも西軍に与し続けている。
西軍大将が復讐を遂げた先に『何もない』と知っていながらも西軍に与し続けている。

何故だ
石田三成のように復讐に生きる道を選んだのか?
いや、恐らく違う。
西軍が勝利を遂げた先の虚無を望んだのか?
これも違う
今は亡き人間の威光を忘れさせない為か?
違う
豊臣の残滓と言ってはいたが、豊臣が既に亡び去ったことは正澄自身が一番良く知っている。

彼はやっと答えを見つけたのだ。
武器として機能していた頃には考えもしなかったであろう『自分自身の覚悟を』


石田正澄は『希望ある未来』を拒んだのだ。

東照が望む太平の未来に、自分の居場所は無いのだと叫ぶように。
自分は幸せになってはならないのだと喚くように。
これが一人の青年にとってどれ程の苦難だったのか、どれ程彼はその答えの為に自らを殺めていたのか、

からすめ
救いようのないからすめ。
いや、救いを拒んだが故のからすか?
どちらにせよ、お前達とは共存すら儘ならぬ。
何故なら人々は未来を望んでいる。
東軍と西軍
互いに互いを不要だと吠えている。
だが、生憎と私は

お前たちのようなからすが存外にも嫌いではない。


         
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