パウリー
□寝言は寝て言え
2ページ/2ページ
『鈍い鈍いとは思ってたが…お前マジで鈍過ぎ!!だからいつまで経っても童貞なんだよ!!』
「なッ?!何でお前にそんな事言われなきゃならねんだ!!ってかいい加減そのハレンチな言葉使いやめろ!!面倒くせぇ女だな!!」
本当は、締め上げるぞ!!って怒鳴り散らしたい所だが…この女は俺の性格を見抜いてやがる。
行き場を失った怒りを何とか抑え…代わりに、貰うからな!!と先程テーブルに投げ出された煙草の箱を俺は乱暴に拾い上げた。
中々摘めぬその小さなビニール封に、カリカリ悪戦苦闘している俺を鼻で笑いながら、女が嫌みったらしく自分の煙草に火をつける。
『お前ってさぁ…本当、仕事面じゃ気持ちワリィぐれー几帳面なのに、何で私生活ではここまで雑なんだよ。せっかく良い家具揃ってんだから活用しろって』
テーブルの上で乱雑に場所を取る雑誌の束をなぞりながら、女はそんな呆れ声を寄越すが、そんなこたぁ余計なお世話だ。
だいたい家具なんざ廃材で適当に作った暇つぶしモンだから良いも何も…おッ、開いた。
早く煙が欲しい俺は、今し方ピリピリ剥がし取ったビニール封を適当に投げ捨て、最後の銀紙封へと指先を差し込む。
『でもまぁ、俺がやったベッドは綺麗に使あぁぁぁぁ?!』
「ッ?!ななな何だよいきなり?!」
ピッと勢い良くその封を切ったと同時に、女が奇声を上げ、慌て気味に腕を伸ばして俺の手元から乱暴に煙草のパッケージを奪い取った。
「ちょ?!くれるっつったじゃねーか!!」
『馬鹿野郎だからお前は借金ばっか抱えてんだコノヤロー!!』
はぁ?!いきなり何だよ!!マジ女って理解出来ねぇ!!
『よく見ろッ、ホラ!!』
あぁ?と、怪訝な顔を向ける俺の目先にズイッと差し出されたのは、俺が封を切ったあの煙草の頭部、つまりは取り出し口側。
『あぁ?じゃねぇよ!!お前が切ったのは…オラ“人”だ!!ソフトの開け方はこっち、“入”の方!!』
「ッ!!」
まさか…アイツと同じ事を言う奴が居るとはな。
葉巻派の俺はつい最近まで知らなかったが…煙草のソフトパッケージには、取り出し口が2つある。
そこを塞ぐ折り畳まれた銀の封紙は、よく見ると“人”と“入”の文字になっているのだ。
(人との縁は切りたくねぇだろ?)
ふと、そう言って毎回七面倒な確認工程を踏んでから、嬉しそうに封を切るアイツの顔が頭に浮かんだ。
『ったく…そんなんだからお前は女に恵まれねんだ』
ホラよ。と再度投げ渡されたソレは、俺が剥がした“人”側の封は器用に戻され、今度は反対側…“入”の封が口を開けその中身を晒している。
無言でその内の1本を取り出す俺の目尻は、少しだけ下がっていた。何となく、この女の言動とあの野郎が重なって…
『まぁ、いつまでも引っ張るのはアレだから、ちゃっちゃか本題に入るけどよぉ』
ふぅー…と、葉巻とは違い肺の奥深くまで煙を吸い込む俺が、微かに甘味を持つその味をゆったり堪能している中、女がそう切り出してきた。
『お前、ロンって奴、知ってるだろ?』
「ゲホッ!!ッ、ロン?」
いきなり出てきた予想外過ぎるその名に、思わず煙が変な器官へと流れ込み眉間に皺が寄る。
知ってるも何も…ロンは俺の同僚、骨組み職職長を担う男だ。
「…ソイツがどうした」
そして何を隠そう、さっきの煙草の話もソイツの事。
何で今ロンの名前が出てくるんだよ…そう訝しみながら呼吸を整えつつ、テーブルの中央に置かれた灰皿へと手を伸ばす。
だが俺の口元で、今にも落ちてしまいそうな程ギリギリのラインで持ちこたえている灰を携えた煙草が、無事年季の入ったその灰皿へと辿り着く事は無かった。
『それ、俺』
女の口から飛び出した、その発言によって…
─寝言は寝て言え─
(…何か言えよ)
(………)
(おま!!灰落ちッ?!…あ〜あ落ちちまった)
(………)