*wild fancy

それでいいかな、って。
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ぱたん、と廊下にあるロッカーの扉を閉める。


これだけでもうにやけ顔が隠せない。ああ、もう尋常じゃない心拍数。




目的を果たした僕は、浮足立ったまま近くの窓枠に肘をついた。空が青い。遠くの山がかすかに見える。





…早く、早く、早く。












‐‐‐‐‐‐‐‐

さて。いま世界には70億を超えるくらいの数の人間がいて、僕の知らないところでも、僕の知ってるところでも、生活を営んで、食物を摂取して、時には自然の驚異に怯えている訳だけど、




最近ふと思った。














こ れ は 多 す ぎ る ん じ ゃ な い か ?









70億。70億も人間はいらない。もっというなら人間以外の生物だって多すぎる。ゴキブリとか何で存在しているのか全く訳が分からない。


何より、







この世界に



この地球上に











必要なのは君と僕だけだもの。











まず、世界に何もなくなるだろう?君と僕だけが残るだろう?


そしたら僕は、君の“世界”の全てだし、僕にとっても同じ。君が僕の“世界”の全てになる。もっとも、もうすでに君は僕の全てだけど。




でもそうなったら、きっと君は泣くんだ。何もなくなっちゃった、って。皆いなくなっちゃった、って。

そしてら僕は、優しくこう言うんだ。


「 全 部 こ こ に あ る よ 」


ってね。





君はきっと喜んでくれるよね。なくしたと思ったものが目の前にぜーんぶあるんだもん。何一つ泣くようなことはない。過不足なく全部全部全部そろってるんだもん。



嗚呼、早く早く、君と二人だけの世界が欲しいよ。





でもね、無理だってことはさすがに分かってる。世界を滅ぼすなんて大規模な事、小市民である僕には到底できっこない。







だから決めました。












世界の全ては無理だから、感覚の全てを奪って










僕のお家にお持ち帰りします。













視覚も聴覚も触覚も味覚も嗅覚も君には必要ない。いらないいらないいらない。

そんなものに頼って僕を感じようとしてくれなくても大丈夫だから。だって僕は君に傍にずーっとずーっとずーっとずーっといるから。



見えなくても  




聞こえなくても



触れられなくても






確かに僕はそこにいるのだから。

何の心配もしなくていい。






あ、だけど、僕だけが君の甘い香りや可愛い顔や欲情してしまうような声を楽しんでるのはずるいかな。まあ仕方ないよね。こんな素敵な事を考え付いた僕へのご褒美って事で許してよ。







‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐







顔を上げると、空はやっぱり青かったし、遠くの山はかすんで見えた。
この短時間の間に変わるほど世界はヤワじゃなかった。
ちょと期待してたんだけどな。







しばらくすると廊下がざわめきだした。見渡してみると、生徒の数も増えてきているので、他のクラスも授業が終わり始めたようだ。







「あれ?」

「どしたー?」

「…困ったことにロッカーに地図帳がないのだよ。」

「はあー?持ち帰ったんじゃないのそれ。」

「い、いやいやいや確かに昨日入ってたからマジで。」

「言い訳はいいからとっととどっかでかりてこーい」

「へーい」










君だ。待ち焦がれていた君の声だ。





ただね、嬉しいんだけど、困った顔でケータイをいじり始めた君にちょっといらってしてるよ今。そこは迷わす僕に借りに来るところでしょ?早くケータイ閉じて。ほらこっちでしょこっち。


…んー、なかなかこっち向いてくれないし、じれったいな。自分から来るのが恥ずかしいのなら僕から行ってあげる。





さっそく僕は、君の地図帳の入った僕のロッカーから、あえて僕の地図帳を引っ張り出した。




そうして僕はスカートを翻して走り出す。






右手には僕の地図帳を。


左手には酸素を。








そして胸には狂気にも似た愛を携えて。








「ねえねえ、貸してあげるよ地図帳。」「な、何で分かったの?」「何が?」「地図帳、ないって…。」「声大きいんだもーん。こっちまで丸聞こえだよ。」
「…そっか。」「うん。それで、地図帳だけど、放課後に教室に返しに来てくれればいいから。じゃーねー。」




あの怯えた瞳。ひきつった表情。きっと彼は、もう私の気持ちに気が付いている。…表も裏も。




あーあ。逃げられちゃったら困るから







もう、今日やっちゃおう。



…end

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