企画!

□ずっと夢だったから
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穏やかな朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込み、ヴィンセントを起こす。
窓越しに聞こえる、ベランダに止まっている雀たちのさえずりはまるで目覚まし時計のようだ。
瞼を開いて起き上がったヴィンセントは大きく息を吸い込んでぐっと体を伸ばした。
そして隣に眠る可愛らしい恋人を起こそうとするが―――

「ユフィ・・・?」

そこにユフィの姿はなかった。

(コンビニでも行ったのか?)

もしかしたら早くに起きて冷蔵庫の中を確認し、何かが足りない事に気付いてコンビニに買い足しに行ったのかもしれない。
そういう時は大体リビングのテーブルの上にメモが残されてる筈だから、それを確認する為にもヴィンセントはリビングに向かった。
が、しかし。

「・・・メモがないな・・・」

テーブルの上にメモはなかった。
念の為に床や椅子の上を確認してみたがメモらしきものは落ちていなかった。
ほんの少し胸がざわついてポケットに入れていた携帯に手を伸ばす。
過保護かもしれないが、もしもという事がある。
慣れた手つきでユフィのアドレスを引っ張り出し、通話ボタンを押す。
耳に当ててコール音を聞き続けるが、その後に聞こえた音は無機質な留守番電話サービスだった。

「チッ・・・」

ざわついて募る不安が苛立ちへと変換され、彼にしては珍しく舌打ちが漏れ出る。
すぐに携帯をポケットにしまうと私室に向かい、着替えて装備を整えた。
何度も言うが、もしもとという事がある。
準備をしておくことに越した事はない。
何もなければそれでいい。
ユフィの行きそうな所を頭の中に思い浮かべながらヴィンセントは靴を履き、玄関の扉を開いた。

「・・・・・・は?」

扉を開けたその先の光景を目にした瞬間、これまた彼にしては珍しい素っ頓狂な声が上がった。
いつもなら扉を開けた先にはマンション特有の白い柵とその向こうに広がるエッジの町並みがあるのだが、そこにあるのはまるでメルヘンの世界のような一面お花畑だった。
何回か目を瞬かせ、やや呆然としながら外に出る。

「ここは一体・・・?」

周りを警戒しながら見回していると、大きな大木が目に入った。
そしてその大木の下では誰かが体を丸めて横たわっていた。

「おい、大丈夫か?」

近づきながら呼びかけて安否を確かめる。
しかし返事はなく、動く気配はない。
更に近寄って見てみると、横たわっている人物はどうやら少女のようであった。
所謂バニーガールの衣装を身に纏っており、白い腕に肩、華奢な背中や張りのある太ももが無防備にも曝け出されている。
これでは暴漢の格好の餌食だ。
なんだかユフィを見ているような気持ちになってなんだか呆れの溜息が漏れ出る。

(いや待て、この体型、見た事がある気が・・・)

なんだか見覚えのある少女の体型にヴィンセントはハッとなってすぐに少女を仰向けに転がした。
すると、明らかになった少女の顔は紛れもなくユフィだった。

「ユフィ!」
「ん・・・んん?」

睫毛が僅かに揺れてゆっくりと瞼が開き、黒曜の瞳が姿を現す。
そして寝ぼけ眼のまま起き上がるとぼーっとし始めた。

「ユフィ、こんな所でこんな格好で何をしている」
「・・・」
「いくらなんでも危機感というものを持て。何かあってからでは遅い」
「・・・」
「聞いているのか」

呆けたまま返事もしないユフィに少し語気を強めて尋ねると、ユフィは急に腕時計を確認し始めた。
トランプの四つのマークを使ったおしゃれな時計の針は三時を示している。
それを見たユフィは数秒呆けていたがすぐに目を大きく見開き、慌てて立ち上がった。

「やっば!もうこんな時間じゃん!!」
「どうした?」
「ほら行くよ、ヴィンセント!!」
「ま、待て・・・!」

ヴィンセントの制止も聞かずにユフィはヴィンセントの手を掴んで走り始めた。それも凄いスピードで。
ユフィはウータイの忍だし、自分がロッソにやられた時も担いで逃げたと言ったくらいだからそれなりの腕力とスピードがあるのは知っていたが、新幹線と同等のスピードで走り出しているのは如何なものだろうか。

(いや、ウサギだから納得のスピードかもしれん)

ぼんやりと変な納得をしていると、ユフィは「とうっ!」と叫んで大きな穴の中に飛び降りた。
穴は深く続いているらしく、いつまでたっても地上に着きそうにない。

(メルヘンな世界、ウサギなユフィ、穴・・・そうか、ここはワンダーランドか)

遠い昔、幼い頃に母が買ってくれた本の名前が確か『不思議の国のアリス』だった。
アリスがウサギを追って穴の中に飛び込み、不思議な世界に迷い込む話だ。
今のシチュエーションはまさにそれと似ている。
しかし、そうなると自分はアリスポジションになる訳だが・・・男でアリスポジションかと思うとなんだか複雑だ。
そんな事を黙々と考えていると、やがてユフィとヴィンセントはふわりと地面に着地した。

「急がなきゃ!!」

着地した途端、ユフィはヴィンセントの手を離すと慌てて目の前にいつの間にか出現していた大きな扉の向こうに入って行った。
相変わらず落ち着きがないと呆れたように息を吐くとヴィンセントも同じように扉を開けて中に入った。
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