書斎U

□春風
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ヴィンセントからしてみればユフィは騒々しいとは思いつつも、春風のように感じていた。
穏やかで温かく、時に激しく吹くけれど冷たい冬の終わりを告げるようなそれはまさしく春風。
付き纏われて疎ましく思う事もあるが、決して嫌う事はなかった。むしろ受け入れたいと思う事さえあった。
けれども、受け入れるにはこの腕はあまりにも穢れきっている訳で・・・。

「ヴィンセント〜!もっと飲めよ〜!」

オメガ騒動を片付けてからの宴会の席で酔っ払ったユフィがヴィンセントに絡む。

「ユフィ、飲み過ぎだ」
「そんな事ないって〜!」

と、言いつつもユフィはヴィンセントの腕に思いっきり抱きつく。
女性特有の柔らかい感触や甘い匂い、暖かな体温がヴィンセントの腕に伝わってビクッと震える。
ユフィも女性であるのだと意識した瞬間だった。が、今意識しても困る。
そんな時、救いの手をティファが差し出してくれた。

「ユフィ、アナタ飲み過ぎよ。今日はここまでにしてもう寝ましょう?」
「そだね〜。んじゃ寝よっか、ヴィンセント!」

言いながらユフィは無邪気にヴィンセントの首に腕を回して抱きつく。
救ってくれる筈のそれが拍車をかけたように感じるのは何故だろう。
勿論、ティファは悪くないが。

「・・・ユフィ、私も部屋に行くから離れてくれないか?」
「えー?あの時みたいに抱っこして連れてってくんないのー?」

ユフィの発言にピシッとヴィンセントの体が固まる。
恐らくユフィが言っているのはネロの闇に取り込まれた時にお姫様抱っこで救出した時の事だろう。
だが、そういった肝心な部分を全て取り払ったユフィの発言は少々あらぬ想像をさせるものであった。
現にティファと背後のクラウドがなんとも言えない視線を投げかけてくる。

「・・・ヴィンセント」
「誤解だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「この間の事件の時にユフィを助ける為にお姫様抱っこというのをやっただけだ。決してやましい事はない」
「そ、そうなの?ユフィは大丈夫だった?」
「ああ、なんとか間に合った」
「ねー・・・ヴィン・・・センzー・・・」
「はぁ・・・仕方ない」

ヴィンセントはやれやれと言った感じで首を振り、ユフィを抱き上げた。

「では、先に失礼する」
「う、うん、お休み」
「まぁ、なんだ・・・いい夢見ろよ」
「健全的な意味で受け取らせてもらおう」

やや疲れたといった様子でヴィンセントは階段を上る。
と、その時、背後から二つの視線を感じて素早く振り返ってみると、クラウドとティファが慌てて何かを隠した。
隠すその一瞬で携帯らしきものが見えたので恐らく撮影でもしようとしたのだろう。
愛想笑いを浮かべる二人に牽制の意を込めた視線を送ると、耐えられなくなったのか、二人はバレットたちに目を向けた。

「バ、バレットたちったら酔い潰れちゃったみたいね!」
「そ、そうだな。仕方ないから毛布かけて後片付けでもするか」

やや棒読み混じりな会話だが、撮影を阻止出来た事に変わりないのでそのまま静かに部屋へと足を運んだ。














部屋に到着して電気を付けないままベッドへと直行する。
窓から漏れる月明かりのおかげもあって家具の位置はぼんやりと判る。
ベッドの上にユフィをそっと下ろすと、離れる筈のユフィの腕が逆に巻き付いてくる。

「・・・ユフィ?」
「もーちょっとだけ」
「起こしたか?」
「うーうん」

首を振ってユフィは巻きつける腕に更に力を込める。
これは寝るまで解放してくれないだろうと悟ったヴィンセントはユフィを抱きかかえながらベッドに座った。

「へへ〜、大義であった〜」

ウータイの時代劇のような口調でユフィはヴィンセントの背中をポンポンと叩く。

「楽にすると良いぞよ〜」
「楽にな・・・」

こんな状態で楽になれと言われてもどうすればいいのやらと苦笑が溢れる。
無闇に引き離そうとすれば面倒な事になりそうなので、とりあえずユフィの好きにさせる。

「ヴィンセンと〜」
「何だ?」
「ヴィンセントもぎゅ〜ってして」
「・・・その内な」
「ダメ。今」
「もう少ししたらな」
「こんにゃろう」

酔っ払っていながらもはぐらかされている事にユフィは大層不満がった。
ヴィンセントからしてみれば、そう簡単に言ってくれるなという心境である。
勿論、自分たちの関係もあるが、一番の理由は仮にユフィを抱きしめるとして、本当に大丈夫なのかという不安だった。
穢れきっているこの腕に春風のようなユフィを抱きしめる資格などあるのだろうか。
ユフィを抱きしめる事は赦されるだろうか。
抱きしめた瞬間、この腕から消えてしまわないだろうか、と。
まぁ、親密な関係ではない以上、こういう事を考えてもどうしようもない訳だが。

「うりゃっ」

考えにふけっていると、不意にユフィに力強く押し倒された。

「う、わっ・・・!?」

まさかの不意打ちに思わず声を上げてしまった。
その為、ユフィが嬉しそうに笑う。

「どーだ!アタシの言う事を聞かなかったらこーなるんだぞ!」
「判ったから大声を出すな。マリンたちが起きてしまう」
「ふーんだ、これでどうだ!」

ユフィは急にヴィンセントの胸の上に倒れかかった。

「ユフィ?」

すると、徐に頬ずりをしてきた。

「よいではないか〜よいではないか〜」

甘えるようにするそれは猫を連想させた。
しばらく呆気にとられていたが、フッと笑ってヴィンセントはユフィをあやすように抱きしめた。
なんかもう、考えるのがバカバカしくなってきたのだ。
もう、こうなればいっその事開き直ってユフィの言う事を聞いてやるのも悪くない。

「次はどうして欲しい?」
「おろ?聞いてくれんの?じゃあね・・・寝る」
「なら靴を脱げ」
「ほ〜い」

ユフィは片方の足をもう片方の靴の踵に引っ掛けるようにして靴を脱いだ。
もう片方も同じようにして脱ぎ捨てれば、ユフィの靴はだらしなく散らかった。

「・・・ちゃんと手を使って脱げ」
「そーだね〜」

目を擦りながら返事する辺り、多分話は聞いていないだろう。
やれやれと言った感じで起き上がり、ユフィを横に寝かせようとしたら、ユフィの手はガッツリ服を掴んでいた。
そして耳をすませば聞こえてくる安らかな寝息。

「全く・・・」

苦笑交じりに溜息を吐いて靴を適当に脱ぎ、ユフィを抱きしめたままベッドに横になる。
ユフィは温かく、抱き心地も良い所為もあってか、すぐに睡魔が緩やかにやってきた。

(久しぶりに良く眠れそうだ・・・)

熟睡出来る事を期待してヴィンセントは深い眠りに落ちた。
その腕に春風が如き少女を抱いて―――。










→オマケ&後書き
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