書斎U

□出来心からの
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任務で一緒の宿に泊まる事があった。
それ自体は全然珍しくはないのだが、ヴィンセントが疲れたと言ってソファですぐに寝入った事は珍しかった。
よっぽど眠かったのだろう、熟睡しているように見える。
こんなにも無防備なヴィンセントは中々見られないのでユフィはじっくりと観察した。
白すぎる肌、整った顔立ち、長い睫毛、どれを見ても女が欲しがる要素ばかりを持っている。

(つくづく世の中って不公平だよな)

神様がいたら張り倒してやりたい。
そんな事を考えていると、ふとヴィンセントの唇が目に入った。
規則正しい寝息を立てる形の良い唇はユフィの内に潜む“何か”の衝動を駆り立てる。

「・・・ん・・・」

その衝動のまま動いた結果、ユフィはヴィンセントと唇を合わせていた。
意外にも柔らかいヴィンセントのそれはいつまでも吸い付いていたいとユフィを思わせる程だった。

「ん・・・」

しかし現実はそうはさせてくれず、眉根を少し寄せたヴィンセントに驚いてユフィは慌てて後退り、様子を伺う。
だが、ヴィンセントは少し身動いだだけで起きる事はなかった。
まさに間一髪である。

「・・・またやろっと」

仮にも寝込みを襲った訳だが、反省する素振りも見せずユフィはそう呟いた。
キスの味と寝ている間にキスするスリルの味をしめたらしい。





それからというもの、ユフィはヴィンセントが昼寝をしている場面に出くわす度にキスをしていた。
最初の頃は一度唇を合わせるだけだったが、段々何回キス出来るか、何分キスできるかに挑戦するようになっていた。
今の所の最高記録は5回と57秒である。
流石ヴィンセント、手強い。
しかしこれに伴い、ユフィはある事が判った。

(アタシ、ヴィンセントの事好きだったんだなー)

キスしようと思ったのもヴィンセントだからこそだったのかもしれない。
普段からヴィンセントに付き纏っていたが、今思えばそれも好きだったからなのか。
まぁ、悶々と考えていても仕方ないので目の前のターゲットを見据える。

「・・・」

今現在、ユフィはセブンスヘブンでヴィンセントと共に留守番をしている。
クラウドは配達に出かけ、ティファは買い物に、子どもたちは遊びに出かけている。
そして店は閉まっているので客はいない。
更に好都合な事にヴィンセントはこちらに顔を向けた状態でカウンターで寝ている。。
つまりはチャンスである。

(今日は記録更新に挑戦だ!)

目標は6回と1分。
カウンターに手をついて静かに顔を近づける。
1回、2回・・・・・・6回。

「ん・・・」


(記録更新!!)

小さく呻いたヴィンセントからすぐに離れて心の中で勝利のガッツポーズをする。
寄っていた眉根が元の位置に戻り、安定した寝息がまた聞こえてくる。
それでもほんの少しの間を置いてからユフィは再び口付けをした。

(目指せ1分!)

勿論、秒数カウントはユフィの心の中でなされる。
ユフィのさじ加減次第な訳だが気にしない。
最初の10秒くらいは目を開けていたが、何となくヴィンセントに見られている気がして目を閉じた。それに目を開けたままというのもなんだか無粋な気がする。
そのまま頭の中で秒数カウントする事1分。
すぐに過ぎるものだと思われるが、ユフィからしてみればとても長く感じられた。

(1分・・・!)

目標の記録達成に成功してユフィは心の中で小躍りし、顔がにやけるのを抑えられなかった。
嬉しさのあまりそっと目を開けると、宝石のような紅い瞳と視線がぶつかる。

「・・・」
「・・・」

たっぷり30秒経過した後、漸く現状把握をしたユフィは光の速さで体を離した。

「わっわっわわわ!!」

が、椅子の上であるのを忘れていて危うく落ちそうになったが、力強く腕を引っ張られて尻もちをつく事は回避された。
しかし、その代わりとしてヴィンセントの腕の中にしっかり閉じ込められるハメになった。
間近に迫る端正な顔と先程まで触れていた唇に思考をかき乱され、何も考えられなくなる。

「大丈夫か?」
「な、ななな何で!?いつから起きてたの!!?」
「私は目を瞑っていただけだが?」
「たたたた狸寝入り!!?」

まさかの狸寝入りだったという事実にユフィは赤くなっている顔を更に真っ赤にして狼狽した。

「狸寝入りとは人聞きが悪いな。目が疲れていたから目を休ませていただけだ」
「言い訳すんな!!」
「それより、ここのところ私に口付けをしているようだが、どういうつもりだ?」
「し、知ってたの!!?」
「ああ」

という事は気づいていながらワザと知らない振りをしていたという事だ。
そうとは知らずに今まで調子こいて記録更新目指してたのがなんだか急に恥ずかしいものに思えてきた。
ユフィの赤い顔が更に赤くなる。

「じ、じゃあ何でもっと早く言わなかったの!?」
「面白かったから」
「はあっ!!?」
「私は答えた。私の質問に答えてもらおうか」

そう言うヴィンセントはどこか楽しむような表情を浮かべている。
いや、もう明らかに楽しんでいる。
何とか脱出を試みようと硬い胸板を押してみるが二つの腕でガッチリと抱きしめられている為、出る事が出来ない。
色んな意味でピンチである。

「は、離せ〜〜〜!!」
「ここでは話しにくいというのなら部屋に行くとしようか」
「へっ!?えっ!!?」

ヴィンセントは徐にユフィを抱きかかえ、そのまま優雅な足取りで二階への階段を上がり始めた。
本能が危険信号を発信したので逃げようとするもヴィンセントの腕はびくともしない。

「お、降ろせ!降ろせよ〜!」
「ベッドの上で降ろすからそれまで我慢しろ」
「べ、ベッド!!?」

これ程までにベッドに恐怖を感じた事はあっただろうか。
そろりとヴィンセントの顔を見上げると、妖しい輝きを放つ瞳とぶつかった。
もう逃げられないと本能が告げる。

「じっくり話を聞こうか」

いつの間にか部屋の前に辿り着いていて、扉は開かれていた。
ある種の不安とそれとは反対の自分でも判らない言い知れぬ期待にユフィは身を震わせながら覚悟を決める。



扉は閉められ、静かなる攻防の時が訪れるのだった。











END



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