書斎U

□コスプレ
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そっと風呂のドアに耳を当てて音を探る。
ザァーっと僅かにシャワーの音が聞こえ、絶賛入浴中であるのを確認する。

「よし!」

ユフィは悪戯な笑みを浮かべてなるべく音を立てずに部屋へと足を運んだ。
そして扉を閉めてヴィンセントが使ってる方のベッドの前に立つ。
そのベッドの上にはマントやガントレット、ヴィンセントが普段から着ている服の一式が並べられていた。

「んじゃ、ちゃっちゃとやっちゃいますか!」

ユフィは意気込んで黄色のホットパンツを脱いだ。
それを適当に投げ捨ててヴィンセントの黒のズボンに手を伸ばす。
足を通して上げられる所まで上げてボタンを止め、ファスナーを閉める、が・・・

「あーやっぱり・・・」

楽勝でウェスト周りに余裕が出来た。
ぶかぶかで手を離すとスルッとズリ落ちて下着が顔を覗かせてしまう。

「ま、いいけどね。これも着けなきゃいけないし」

ユフィは呟いてベルトに手を伸ばした。
ウェスト周りに通してベルトの先端をバッグルに通し、少々擦り切れている穴を見つける。
いつもヴィンセントが通している穴だ。
試しにその穴に留め具を通してみるが―――まぁやはりというか、ズボンはずり落ちる。
小さく苦笑を漏らしてズボンがずり落ちない所の穴を探ってベルトを閉めた。

「ま、これはこんなもんでいいかな。次は、と」

青のタンクトップを脱いぎ捨てて黒の上着を着る。
やはりこちらもユフィにはぶかぶかで、余裕で股下近くまでを覆い、手が袖口に届いていなかった。
予想出来ていた事に小さく息を吐きつつ裾をズボンの下にしまい、袖を引っ張って手を出した。
引っ張った分だけ布が余ったがこれは仕方ない。
試しに大きな鏡の前に立ってどんなものか見てみるが・・・

「うわ・・・」

ぶかぶかで布が余りまくりで全体的にだらんとしていて不格好だった。
ビシッと着こなすヴィンセントとは対照的に自分のはだらしなくて着られてる感が拭えない。
工夫してなるべくそう見えないようにする。

「やっぱ身長差と体格差はどうにもなんないよね〜」

襟元を掴んで引っ張って中を覗き込む。
黒い服である為にやや暗がりに見えるが、服と肌の間の空間が随分余裕であるのが判る。
見ていてもしょうがないのでパッと離すと、一瞬だけ空気が吹き抜け、硝煙と心地の良い匂いが混じった香りがふわりとユフィの鼻腔をくすぐった。

(・・・ヴィンセントの匂い・・・)

普段あまり気にしていなかったが、改めて嗅いでみるとなんだかこそばゆいようなくすぐったいような気持ちになる。
決して不快感はなく、むしろもっと堪能したいと思える匂いだった。
加えてヴィンセントの服を着ている事によって全身を包まれている錯覚を覚える。
そう感じただけでカッと顔が熱くなり、体の芯の熱が燻り始める。

「な、何興奮してんだアタシ!?変態かっての!!」

頭をぶんぶんと横に振って、変な思考を中断するようにユフィはマントを手にとって羽織った。
やはり一回り大きいが、こちらは中々似合っている感じがする。

「一度羽織ってみたかったんだよね〜」

軽くターンをしてマントが翻らせる。
うん、ちょっとかっこいい。
満足した所で今度は鉢巻を外してヴィンセントがいつも頭に巻いてるバンダナを巻き始める。

「こんな感じかな?」

ヴィンセントっぽく巻いてみたものの、最後はどうすればいいのか判らず適当に間に押し込めて巻いた。
普段どんな風に巻いてるのかもっと観察しておけばよかったと反省しつつ最後の段階に差し掛かった。
右手に黒の革手袋を嵌め、左手にガントレットを装着する。
ガントレットの装着の仕方についてはよくヴィンセントがしているのを見かけていたので大体知っている。
けれどガントレットはやや重く、動かすのが少し億劫だった。
だが、ここまでくればそんなものは関係ない。
ユフィは鏡の前でヴィンセントの格好をした自分をまじまじと見た。

「サイズとかはアレだけど、でも中々いいんじゃない?」

色んなポーズをとってみせたり、なるべくかっこ良く見えるようにとあれこれ模索する。
ひと通りのポーズを試した後はお待ちかねのヴィンセントの真似っこタイムだ。
ユフィはスッと目を細めて遠くを見つめると、なるべく低い声で呟いた。

「・・・これも私の罪・・・」

出会ったばかりの頃のヴィンセントの口癖だ。
最近ではDGS事件をきっかけに口にしなくなった台詞でもある。良い事だ。
数秒の間を置いてユフィは吹き出した。

「に、似てるかも・・・!」

次にユフィはキリッと目を細めて呟いた。

「・・・電話屋はどこだ・・・なんつって」

当時の事を思い出してユフィは再び吹き出した。
その後も思い当たり次第ヴィンセントの言動を思い出しては真似てみた。

「まなーもーど?マナーを教えてくれるのか?」
「チョコボの名前か・・・リベリオンなんてのはどうだ?」
「どちらかと言えば甘党だ」

ここまで真似をしてみたが、ユフィは笑いの限界だった。

「ぷっくく!あははは!言ってた言ってた!そういえばこんな事言ってた!!他になんかあったっけ?」
「“頭”は大丈夫か?」
「そうそう、“頭”は―――って!?」

突然聞こえてきた声にユフィは驚いて振り向いた。
すると、扉を開けて入ってきていたヴィンセントがやや複雑な表情を浮かべてこちらを見ていた。

「い、いいいつからそこに・・・?」
「・・・“サイズとかはアレだけど、でも中々いいんじゃない?”」
「うげっ、なんでそんなとこから・・・」

カッコイイポーズを模索していた所から見られていたなんて思うと物凄い羞恥心がユフィを襲う。
ある意味最悪なタイミングだ。

「ところで、何故私の服を?」
「ああ、いや、別にこれは―――」

自分の元へと近づいてくるヴィンセントに動揺して後ずさるが、裾を踏みつけて滑ってしまう。

「わ、わ、わわわわっ!!」

後ろには鏡があり、このまま転ぶと直撃してしまう。
普通に当たるだけならまだしも、当たって割れたら大怪我だ。
慌てて頭を守ろうと腕を回そうとした時、その腕を強く引っ張られて体ごと引き寄せられた。

「大丈夫か?」
「う、うん、ありがと」

ヴィンセントが腕を引っ張ってくれたお陰で大事に至らずに済んだ。
その代わり、ヴィンセントの腕に閉じ込められるというとんでもない事態に陥った。
腰に腕を回され、肩を掴まれている。
なんだかこれはマズイと本能が告げるが当然逃げられる筈もなく・・・

「それで?私の服を着ようとした理由は何だ?」
「お、怒ってる?勝手に色々拝借したし、この服だってまた洗わなくちゃいけなくなったし・・・」
「怒ってなどいない。ただ、何故着ようと思ったのか純粋に聞きたいだけだ」
「そ、それは・・・なんとなく着てみたかっただけで深い意味は・・・」
「では、着てみた感想は?」

楽しむようなその声色にハッとして紅の瞳を見返すと、それはそれは意地悪な色を湛えていた。

「ちょっ、意地悪してんだろ!?」
「何の事だ?」
「とぼけんな!謝るから離せよ!」
「謝る?何を謝るんだ?」
「だ、だから―――」
「それより聞いているのはこちらだ。感想はどうなんだ?」
「許してってば〜!」

その後、ユフィが解放されたかどうかは想像にお任せします










END





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