萌えcanの

□その1
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「お帰りなさい、アナタ」

カームにある、金持ちたちがあつまる地区・通称セレブ街での夜。
愛する夫が帰ってくるのが分かると甲斐甲斐しく玄関から出てきて門の前までやってくる女性が一人。
彼女の名は『エレン=カスティーヌ』。
一度は崩壊したものの、新社長であるルーファウスによって大手企業にまで再び返り咲く事が出来た新生神羅の幹部を務める若手エリート『クリス=カスティーヌ』の妻である。

(という設定のユフィちゃんなのであった)

そう、エレン=カスティーヌとは潜入するに当たってのユフィの偽名であり、その言動や背景は全てそういう設定のものだ。
ちなみに夫役のクリス=カスティーヌとはヴィンセントの事である。
現在二人は巷を騒がす怪盗・ナシセール=ルファンを捕まえるべく、こうして潜入捜査をしているのである。
ルファンとは各地に出没しては予告状を出し、高価な物を華麗に盗む変幻自在の大泥棒の事だ。
ある時は老女になり、ある時は美青年になったりと、その変装たるや完璧なものである。
更には仮面を付けている為、誰もその素顔を見た事がない。
だが、そんなルファンの足取りを二人を中心としたWROの諜報部が懸命に情報収集をした結果、ルファンはこのカームのセレブ街に潜伏している可能性が高い事が判った。
そうしてリーブの命令の元、二人はセレブ街に潜入する事となったのだ。
潜入するに当たって二人が作った設定は、ヒーリン出身のラブラブの若夫婦で、つい最近までエッジに住んでいたというもの。
そしてヴィンセントもといクリスは少し前まで本社勤めをしていたが、カームにある支社の経営を任されて、その関係でここに引っ越してきたというものだ。
この件でクリスは神羅の社員であるという設定なのだが、ルファンにそれが嘘だとバレないようにヴィンセントは神羅社員に変装したWRO隊員が運転するリムジンでカームの神羅の支社まできちんと通っている。
支社に到着したら、今回の件で色々力を貸してくれている神羅が用意した部屋で他の隊員との情報をやり取りしているのだ。
その間ユフィは健気で大人しい妻を演じながら主婦たちからさりげなく情報を集め、ルファンが潜伏している家を割り出そうとしている。
そして夜になったら報告会という訳だ。

健気な妻の一環としてユフィはヴィンセントの持つカバンを持ち、家の中へと導く。
そして玄関に入り、鍵を締めて笑顔で振り返って尋ねる。

「お風呂にする?ご飯にする?どちらも準備出来てるわよ」
「なら、先にご飯にするとしよう」
「わかったわ。すぐに用意するから着替えてきて」

家の中でも仲の良い夫婦を演じるのはやめない。
何で素の会話をしている所を聞かれるか判らないし、それがうっかり表に出てきてしまう事があるかもしれないからだ。
やるなら徹底的に、だ。
けれど情報交換をするに当たって素の会話は必要な訳で、その時はお互いの耳元で囁くか、夜寝る時にベッドに入ってからと決めている。

ユフィはヴィンセントが着替えてる間にご飯をついだり、味噌汁をお椀に注ぐ。
そしてオカズをテーブルに置くと、丁度ヴィンセントが着替えを終えてリビングに入ってきた。
ヴィンセントは席に座り、「いただきます」と言って箸を手に持つ。

「お仕事お疲れ様。今日はどうだったの?」
「ああ、今日も忙しかった。お前の方はどうだ?」
「私の方はいつもと変わりないわ。あ、でも塀の上で猫が日向ぼっこしてたのよ。とっても可愛かったわ」
「そうか、それは良かったな」

こんな調子で何気ない会話を続け、夕食を済ませていく。
そして夕食が終わってヴィンセントは入浴をし、やがて就寝の時間となる。
二人はベッドに入って毛布を被ると身を寄せ合った。

「さて、今日の報告会だ」

間近に迫る紅い瞳にドギマギしながらユフィは頷く。
表の顔(ユフィ曰く、別の意味での仮面夫婦モード)は任務という事もあってあまりときめく事がない。
ちょっぴりこれが本当の夫婦だったらいいなと思う事もあるが、本当にちょっぴりだけだ。
何故ならお互いに素を隠していて、お互いらしさが出ていないからだ。
とまぁ、そんな事は置いてといて二人の密かな報告会が始まる。

「隊員の報告によるとルファンと性交渉をしたらしい女性がまた現れたようだ」
「またぁ?これで何人目だよ」
「57人目くらいだな」
「はぁ・・・それで?なんだって?」
「『私の心を奪った罪は重い』と伝えてほしい、だそうだ」
「またそれかよ知るかよ・・・」

ユフィは深く深く溜息を吐いた。
諜報部による調査とこうした女性たちの名乗り上げにより、ルファンが女好きであるのは明らかとなっている。
しかし、ルファンと体を交わらせた女性の全てがルファンに酔いしれているようである。
合意の上での性交渉らしいが、それにしても多すぎやしないだろうか。
それに加えて先程ヴィンセントが言ったような伝言を頼む女性の多い事多い事。
ユフィがウンザリするのも頷ける。

「そんな伝言どーでもいいからもっと有力な情報寄越せよ。そんで一緒にベッド入ったんなら素顔拝もうと頑張れよ」
「何から何まで同意だ」

ユフィのセリフを補足すると、ルファンは仮面を付けたまま女性と体を交わらせているのである。
その内の何人かの女性はルファンの素顔を見たいと懇願したり外そうと試みたのだが、スラリと躱されてとうとう拝む事は叶わなかったらしい。
ちなみの残りの女性は仮面を付けたままの方がなんだか妖しくてゾクゾクするのだとか。
きっと仮面プレイに目覚めたのだろう。どうでもいいが。

「今日の報告はそれだけ?」
「ああ。お前の方はどうだ?」
「今の所は特に何もないかな。どこの家も普通に旦那見送って顔つき合わせて噂話してる。おばさんたちって暇だよね」
「その噂話は聞いているのか?」
「もっちろん。でも、どれもここら辺のとは関係ない話ばっか。あ、でも一つだけ気になった事がある」
「何だ?」
「二軒隣のオールズ家の奥さんが腕時計してなかった」
「いつもはしているのか?」
「うん、さり気なく自慢する為にいつもしてるよ」
「今日はたまたましてなかっただけじゃなくてか?」
「でも、アタシたちがここに越してきてから昨日に至るまでずっとしてたんだよ?それが突然しなくなったって変じゃない?」
「確かにそうだが・・・確認はしたのか?」
「したよ。どうしたんですかって。そしたらうっかり時計の上に重い物置いて壊したって言ったんだよ。
 超高級ブランドのロリックスの腕時計がそんな簡単に壊れるかよって。多分アレ、絶対にルファンに持ってかれたよ」
「確証は?」
「最近旦那と上手くいってないみたいない事言ってた。だからそこにルファンが付け入ってきたとかさ」
「なるほどな」

ルファンは女性を抱いた時に記念として、その女性が持つ中で一番高価な物を持っていくらしい事も少し前の調査で判った。
これが中々判明しなかったのも女性側が自ら差し出したのであって盗まれた訳ではないから、という事にある。
ただ、中には既婚者の女性がいて、旦那に浮気していた事がバレないようにと無理矢理犯されて持って行かれたのだと証言する者もいた。
そして後からこっそり「ルファンに無理矢理酷い事されてなんかないの。彼はとっても優しかったわ!」と割とどうでもいい訂正をしてきたりする。
しかしこうした証言によって、ルファンは予告以外でも同意の上とはいえ、高価な物を持っていっている事が判ったのだ。
持っていった物が質に流れているかコレクションされているかは定かではないが、手がかりにはなる筈である。と、二人は信じている。

「明日も引き続き、警戒を怠るな」
「判ってるよ。ヴィンセントも情報収集任せたよ」
「ああ」

こうしてこの日の報告会は終わり、二人は眠りに就く事にした。
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