萌えcanの

□その4
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「いってらっしゃい、アナタ」
「ああ、行ってくる」

水曜日、決行の日。
月曜と火曜に入念にヴィンセントが出張に行く話は流しておいた。
勿論、夕飯の買い出しに行くレイクーンに偶然を装って接触し、同じようにごく自然な流れで話した。
後はヴィンセントが荷物に紛れて帰宅し、天井裏に隠れてルファンが来るのを待つのみ。

「はぁ・・・」

寂しそうに見送る妻を演じてとぼとぼと家の中に入っていく。
そして健気に一人家事をこなすパフォーマンスをお昼頃までしていると、宅配便のトラックがやってきてインターホンを鳴らした。

「シロネコ便でーす!」

「はーい!」

ユフィは玄関の扉を開いて宅配業者を迎え入れる。
勿論この宅配業者はWROの隊員だ。
トラックの中に積まれているダンボール箱は全てダミーだし、ヴィンセントを入れているダンボール箱も表向きは乾燥機だ。
広い洗面所にダンボール箱を持っていかせ、中に完全に入れさせたところで箱からヴィンセントを出す。

「・・・」
「・・・」

全員で目で頷き合うと隊員は「どうも、失礼しましたー!」と宅配業者らしく元気で快活な声を上げて引き上げていった。
ユフィもトラックが走り去っていくのを見送ってから玄関の扉を締め、鍵をかける。
そして窓から見える位置がないか確認してから洗面所にもう一度入った。

「・・・」
「・・・」

また、目で頷き合う。
二階の更に上、ロフトに誘導する為にユフィが前を歩き、その後ろをヴィンセントが気配を消して音を立てないようについていく。
二階の突き当りには窓があるが、引っ越してきた時からカーテンを着けている。
陽が差して床が日焼けしてしまうからと言い訳をしてあるが、本当の狙いは今の時のように本来いる筈のない人物がいるのを見られるのを防ぐため。
あらかじめ対策しておいて正解だった。

「よいしょっと」

部屋から棒を持ってきたユフィはそれを天井の一部に引っ掛けて階段を下ろすとそこを上っていった。
後には階段で身を潜めていたヴィンセントが静かについていき、ロフトへと上って行く。

『気をつけろ』
『ヴィンセントもね』

言葉に音を乗せず、口だけを動かす。
ユフィは手近にあった座布団を手に取ると静かにロフトを降りて階段を上げた。
後は夜になるのを待つだけ。













そして待ちに待った夜。
雨戸を締め、火元や戸締まりをチェックして階段を上がって寝室へ。
窓の鍵は一瞬どうしようかと思ったが、やっぱりかけておく事にした。
わざとかけ忘れては気づかれてしまうかもしれないし、何より巷を騒がす怪盗なのだからそのくらいは突破してみろ、というものだ。
ユフィはカーテンを閉めると、カーディガンを脱いで一人布団の中に潜った。

「・・・」

目を瞑り、寝ているフリをする。
狸寝入りなんて得意だ。
神経を集中して研ぎ澄ましていると、不意に窓の鍵が開く音が小さくした。

(来た・・・!)

まさかこうも早くやって来るとは。
今すぐにでもとびかかって捕まえたい所だが、その気持ちをなんとか抑えてその時が来るのを待つ。
カラカラと窓が開く音を耳に捉え、自然を装って目覚めたフリをする。

「んん・・・だ、誰・・・?」

起き上がってシーツを胸元に手繰り寄せて尋ねると、それに答えるようにカーテンが風で大きく翻った。
そしてそれと同時に現れる黒いマントに黒いスーツの男―――ルファン。

「静かに、レディ。大丈夫、危害は加えないよ」

一際大きな風が吹いてカーテンが大きく揺れ、ルファンの姿を隠す。
しかしそれも束の間、風が収まってカーテンが元に戻るのと同時に一瞬にしてルファンが目の前まで迫ってきた。
驚く暇もなく顎を掴まれて上向かされ、ルファンと目線を合わせられる。
仮面の向こうの青い瞳がユフィを射抜く。

「僕の名前はルファン―――怪盗だ」

ガラスを思わせるような美しく澄んだ声がユフィの耳に届く。
なるほど、ルファンはこんな声をしているのか。

「ルファンって、あの・・・!」
「あはは、やっぱり知ってるか。それはそれで何か面白くないなぁ」
「な、何の用ですか?うちには貴方が欲しがるような金目の物なんて―――」
「あるじゃないか、今僕の眼の前に・・・どんな宝石にもマテリアにも劣らない宝物が」

ルファンの顔が眼前までに迫り、鼻先が触れ合ってお互いの吐息が交じり合う。
かなりギリギリの距離だがユフィは耐えた。

「やめて・・・・・・私には夫が―――愛するクリスさんが・・・」
「なら、僕を旦那さんだと思って抱きつけばいい」
「え・・・?」
「ねぇ奥さん、旦那さんを悦ばせてあげたいと思わないかい?いつもしてもらうばかりで満足してるかい?」
「それ、は・・・」
「練習したいけど恥ずかしくて言えないよね?淫乱な女だと思われて旦那さんに嫌われたくないよね?
 だから僕を練習台にして磨くといい。勿論、何を言ったら男が萎えてしまうのかも指導するから―――」

がっ、とルファンの体の周りを二本の腕が抱きしめる。

「ん?」

何事かとルファンが見下ろした瞬間、ルファンは後ろに仰け反らされた。

「うがっ!!!??」

それまでの雰囲気から一転、今の状況に似つかわしくない叫び声と鈍い音が寝室内に響き渡る。
その音に一瞬目を瞑ったユフィだったがすぐに瞼を開くと、ヴィンセントがルファンにジャーマンスープレックスをお見舞いしている姿が目に飛び込んできた。
なんともシュールな光景だったがヴィンセントはルファンを横に投げ捨てるとすぐに両手を拘束し始めた。

「無事か?」
「う、うん。アタシは何もされてないよ。それより首に印はある?」

尋ねられてヴィンセントはルファンをうつ伏せにし、襟を捲った。
だがルファンの首にはヴィンセントが着けた油性ペンの印は存在しなかった。

「・・・ない」
「えっ!?マジで!?」
「ああ、印がない。レイクーンはルファンじゃなかったのかもしれない・・・」
「そんな・・・と、とりあえずWROに連絡してくるね」
「ああ―――」

言葉を区切ってヴィンセントはチラリとユフィを見やる


IMG_3581


ピンクのひらひらのネグリジェ、剥き出しの白い肩、首、鎖骨、全体的にも無防備な姿。
WROの車がサイレンを鳴らしながらやってくれば必然的に周りの家の者たちも起きて見に来るだろう。
その時の事を想像してヴィンセントはスーツの背広を脱ぎ、ユフィに着させた。

「WROが到着してルファンをつれてった後、私たちも事情聴取という名目で一度帰還して取り調べに立ち会うぞ」
「判った。じゃ、そいつを見といて」
「ああ」

ユフィは階段を駆け下りると電話でWROに連絡し、隊員たちを呼んだ。
確保した時のセリフはあらかじめ伝えている為、ほどなくして大量の車が家の前に集った。
連行する時もルファンは気を失ったままでおり、けれど隊員たちは油断する事なくルファンを連行した。
門の前でヴィンセントと共にそれを見守っていると、何事かと見に来ている住人たちにを掻き分けてルインが駆け寄ってきた。

「エレンさん!大丈夫!?」
「ルインさん!」
「何があったの?強盗?」
「ルファンが来たんです」
「ルファンが!?」
「でも主人が助けれてくれたのでなんとかなりました」
「あら?でもご主人は今日から出張だったんじゃないかしら?」

「胸騒ぎがして帰ってきただけだ」

「ふーん、よっぽどエレンさんの事を愛しているのね」
「る、ルインさん・・・!」
「フフフ。それより今日はどうするの?良ければ私の家に泊めるわよ?」
「いえ、私たちはこれから事情聴取を受ける為にWROに行きますので。ありがとうございます」
「そう。でもエレンさんが無事で良かったわ」
「ありがとうございます、ルインさん」

ルインの優しさに温かみを覚えながらユフィはヴィンセントと共に車に乗り込む。
車に乗る時、町の住人に紛れてデベット夫婦がやや緊張した表情を浮かべていたのをヴィンセントは見逃さなかった。
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