倉庫
□プリント届けるついでのお見舞い
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「ヴィンセントー」
「先生、ヴィンセントは風邪で休むって〜」
「おー、そうか」
朝の出席点呼の時のシャルアとアーヴァインのやり取りを聞いて合点がいく。
「ヴィンセントが風邪なんてな。珍しい事もあるもんだ」
確かにそうだと心の中で小さく頷きながら空いている隣の席を見やる。
いつもだったら小難しそうな小説を呼んでいる筈のヴィンセントの姿がそこにはない。
(しゃーない、お見舞いに行ってやるか)
心の中の呟きとは裏腹にユフィはどこか楽しそうだった。
一日の授業が終わって放課後になり、ユフィはヴィンセントの分のプリントを鞄に入れてヴィンセント宅へと向かっていた。
本当はアーヴァインたちも来る予定だったのだが、空気を読んで遠慮してくれたのだ。
「別に変な遠慮しなくてもいいのに・・・」
とはいうものの、本当は嬉しかったりもする。
ヴィンセントと二人っきりになるなどあまりない機会なので、それを作ってくれた皆に感謝せねばなるまい。
その代わり、後日報告をしなければならないのだが・・・まぁどうにかなるだろう。
足取り軽くヴィンセントの家を目指していると、とある家からふらふらとフラついて歩く男が出てきた。
その男は今正にユフィが目指していた家から出てきた上に、背格好もユフィが会おうとしていた人物そのもの―――
「ヴィンセント!?」
駆け寄って回りこんでみると、やはりヴィンセントだった。
顔色はあまり良くない。
「ん・・・ユフィか」
マスク越しから聞こえる掠れた声は他の人には聞かせたくないくらい艶っぽいが今はそれどこれではない。
「アンタ何やってんの?風邪でしょ!?」
「・・・薬がなくてな・・・買いに行こうとしてたんだ」
「それだったらアタシが買いに行ってあげるからアンタは家で寝てなって!」
「悪いが・・・そう、させてもらってもいい、か・・・」
ヴィンセントの身体がフラッと傾いて倒れそうになった所をユフィが慌てて受け止める。
ずしりと重かったが、何とかヴィンセントを家に運んでユフィは薬とお粥の材料を買いに行った。
全く、何て無茶をするのだろうとユフィは半ば呆れる。
こんな時こそ頼ってくれていいのに、きっと自分たちに悪いと思って頼まなかったのだろう。
簡単にそんな予想がついた。
「はい、お粥。それと薬と水ね。あとプリントは机に置いとくから」
「ああ、すまない」
ベッドに横になっていたヴィンセントは半身を起こしてお粥とレンゲを受け取る。
ユフィはベッドの縁に座ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「フーフーしてあげよっか?」
「いい」
「即答かよ!」
そこは少しでも悩んで欲しかったが、まぁ仕方ない。
ユフィは少し不満を抱きつつも話題を変えた。
「それよか、アンタ熱でフラフラしてんだから何か買いに行く時はアタシたちに言いなよ。
薬の一つや二つ買ってきてあげるしさぁ」
「まるでお前たちを使うようで悪いと思ってな」
「はぁ、そんなこったろうと思ったよ。アンタん家の事情は判ってるし、それを抜きにしてもアタシたちは嫌がらないよ。
変に遠慮しなくていいって」
ヴィンセントの家にはヴィンセント一人しか住んでいない。
母親は既に他界しており、父親は研究の為に世界の裏側に飛んでおり、ほとんど不在である。
その為、家には実質ヴィンセント一人しかいないのだ。
ただでさえ家の事は一人でほとんどやっているというのに、こんな時も一人でやるというのは寂しすぎる。
だからこそ、こんな時は友人でもあり仲間でもあるユフィたちを頼って欲しいのだ。
「それともアタシたちは信用ならないっていうのね、シクシク・・・」
「誰もそんな事は言ってないだろう」
泣いたふりをするユフィに小さく溜息をついてヴィンセントはまた一口お粥を食べた。
その一口が最後だったらしく、カランとレンゲが器の中を転がる音が響いた。
「ご馳走様・・・美味しかった」
「へへ、お粗末さま。アタシ食器洗ってくるから薬飲んで横になってなよ」
「ああ」
お粥を完食してくれたのと美味しかったといって微笑んでくれた事にとてつもなく喜びを感じながらユフィは食器を下げた。
ヴィンセントの家にはアーヴァインたちと共に何回か遊びに来ているので勝手が分かっているユフィはささっと食器を片付ける。
なんだか恋人のようだと思うと顔が熱くなり、何一人で舞い上がっているんだと叱咤してすぐ部屋に戻った。
部屋に入ると、薬を飲んだ後であるヴィンセントが横になっていた。
「これでひとまずは大丈夫みたいだね」
「色々迷惑をかけたな、ユフィ」
「いいっていいって、迷惑だなんて思ってないし。早く元気になれよ〜?」
「ああ。それから最後に一つ」
「ん?」
ヴィンセントはサイドボードの引き出しから鍵を取り出すと、それをユフィに手渡した。
それは一見してこの家の鍵だと判る。
「家を出来る時にこれでこの家の鍵を閉めてくれないか?」
「え?でも・・・」
「問題ない、これはスペアキーだ」
「にしたって家の鍵って大切なもんじゃん。いいの?」
「お前なら大丈夫だと思ってな。今度・・・学校で返してくれれば、それで、いい・・・」
ヴィンセントの言葉は睡魔のせいか湾曲気味になり、最後には寝落ちして安らかな寝息を立て始めた。
鍵について言及しようにも起こすのは可哀相だし、かといって起きるまで待つというのもどうかと思われる。
それに鍵をかけぬまま家を出るのも危ないし、病人のヴィンセントを歩き回すのも躊躇われた。
『お前なら大丈夫だと思ってな』
眠る前に言い放ったヴィンセントの言葉がユフィの頭の中を駆け巡る。
きっとこの台詞はアーヴァインやセルフィたちが相手でも言ってたかもしれない。
けれどそれを抜きにしてでもユフィはそう言ってもらえてとても嬉しかった。
ヴィンセントに強く信頼されているようでなんだか舞い上がりそうになる。
鍵を握りしめると、ユフィは眠るヴィンセントに語りかけた。
「出て行く前に早く良くなる“おまじない”をかけてあげるよ」
クスクスと小さな笑い声がした後、ヴィンセントの顔に影がかかった。
それから二日後。
ヴィンセントは見事に復活した。
本当はユフィがお見舞いに来てくれた次の日には大分良くなっていたのだが、大事をとって休んだのだ。
「いいなー、ズル休み。昨日は数学の小テストあったんだぞー」
休み時間の廊下の窓に寄りかかりながらユフィが唇を尖らせながら隣のヴィンセントに言う。
ちなみに、ヴィンセントの家の鍵は既に返した後である。
「ズル休みなものか。それにどの道テストは受けなければならないのだしな」
「それもばそうだけどサ。それにしてもよく本当に早く治ったねあんだけフラフラだったから後もう一日は休むと思ってたけど」
「私もそう思っていたが・・・―――お前の“おまじない”のお陰かもしれんな」
え、とユフィが声を漏らすのと同時にヴィンセントはユフィの頭をポンッと撫でると教室へと戻って行った。
その後を追えぬままにユフィはその場で固り、一時停止していた思考が急速に動き出す。
(ヴィンセントは寝てたよね?なのに“おまじない”を覚えてたって事はつまり・・・)
理解した瞬間、ユフィの顔が茹でダコのように真っ赤に沸騰した。
そこにきてやっと自分のしでかした事に羞恥心を感じる。
一体自分は何をしていたのだろうと恥ずかしさに見舞われていたそこに―――
「なぁなぁ、ユフィ」
「ヴィンセントのお見舞いに行った時に何したの?」
親友のセルフィとリュックがユフィを挟んで囁いてきた。
それまで周りの事など気にしていなかったユフィは驚いて反射的に飛び上がる。
「ううわぁあ!?」
「そんなに驚く事ないやろ〜?」
「それより報告は?ほーこく!」
「ほ、報告って・・・別に大した事は―――」
「嘘ついてもダメだよ。さっきヴィンセント顔赤かったし、ユフィもすっごい顔真っ赤だよ?」
「こ、これはその・・・」
「“おまじない”ってなんなん?ヴィンセントにどんなことしたん?」
「そこまで聞いてたのかよ!?」
「ええから観念して白状したらどうやねん」
「ちゃんと報告する約束でしょ〜?」
「い、意地悪すんな〜!」
この後ユフィはしばらくセルフィとリュックの弄りという名の質問攻め&意地悪をされるのであった。
ユフィがヴィンセントにどんな“おまじない”をしたのかはご想像にお任せします。
END