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□コップに歯ブラシ
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最初、洗面所には自分用の黒のコップと緑の歯ブラシしかなかった。
朝起きたら顔を洗って歯を磨く。
鏡に映る自分の顔は無表情で顔色は良くもなければ悪くもない。
いや、他人からしてみれば悪いかもしれない。
ただ一人静かに洗面台の前に佇んで無表情の自分を鏡で見つめたまま歯を磨く。

これからもずっとこの光景は変わらないだろうと思っていた。






「ふぁ〜あ・・・ねむ〜い・・・」

自分一人しか映らない光景が続かなくなったのはユフィが自分の家に泊まりこむようになってからだった。
自分の家はWROから近く、終電を逃したユフィがたまに泊まってくる事があった。
WROにも仮眠室などがあるが仕事場という空間から解放されたいとかでやや強引に上がり込んできたのだ。
そしてそれが日常化してきて、今では自分の黒のコップと緑の歯ブラシの隣に黄色のコップとピンクの歯ブラシが並ぶのが常となった。
ちなみにユフィのこの黄色のコップとピンクの歯ブラシはコンビニで即席で買ってきた物だ。

「今日はヴィンセントの方が帰り早いよね?」
「ああ」
「なら帰りにスーパー寄って味噌買っといて。なくなったから」
「分かった」

鏡の中に収まるようにして並ぶ自分とユフィ。
悪くない光景だったが、一時的なもので、すぐに自分一人だけの光景がまた戻ってくるだろうと思っていた。







でもまた、その予想が大きくハズレる展開になった。

「久々に休日重なったね〜」
「ああ」

色々あってユフィと付き合う事になった。
話すと長くなるので省くが、こうした関係になった事で二人一緒に並んで鏡の前に立つという光景は続いた。
二人で一緒に住むという事でそれなりの広さの部屋へと引っ越し、それに伴ってコップと歯ブラシを新調した。
自分のは青いコップに青の歯ブラシ、ユフィのは白の水玉の水色のコップに水色の歯ブラシとなって洗面台の上に並んでいる。

「買い物にでも行くか?」
「行く行くっ!最近新しく出来たモールに行こうよ!」

喜ぶユフィの笑顔が鏡に映り、それに伴って自身の頬も緩む。
こんな大きな変化に驚きつつも確かな幸せを感じた。







そして・・・


「ヴィンセンとー、ちょっといい?」

髪を肩くらいまで伸ばし、緑のマタニティードレスを着たユフィが洗面所に入ってきた。
少し前まで小さかったお腹も今ではすっかり大きく膨らんでおり、お腹の中の子供が順調に育っている事を物語っている。
ユフィと話をする為にコップの中の水を含んでゆすぎ、歯磨きを終えた。

「どうした?」
「ヴィンセント、今日は特に用事はないんだよね?」
「そうだが?」
「ならセブンスヘブン行こ!ティファとクラウドの子供立ったんだって!それで見に来て欲しいって」
「ほう、とうとう立ったのか」
「ティファやクラウドは勿論、マリンやデンゼルも大はしゃぎだって。やっぱりそーいう瞬間って凄く嬉しいのかな?」

言いながらユフィは自身のお腹を見ながら愛おしそうに撫でる。

「嬉しいに決まっている。我が子が初めて立つのだからな」

そう言って自分もユフィのお腹を優しく慈しむに撫でた。
もうすぐ生まれてくる我が子を思って―――。


洗面台に三つ目のコップと歯ブラシが並ぶのはきっとそう遠くはないだろう。











END

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