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□散乱する新聞
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ヴィンセントにとって銃の整備をする事は精神統一とほぼ同じような行為である。
銃の解体・手入れ・組み直しはどれを取っても慎重に行わなければいけないもので、少しでも怠ってしまえば即死に繋がる。
これが自分だけに返ってくるものならまだしも、ユフィやWROの隊員たちにも迷惑をかけてしまう事になり兼ねない。
そんな訳でヴィンセントは欠かさず定期的に銃を整備し、不都合がないか丹念に調べて手入れをしている。
他の事を考えながら整備をすると見落としをしてしまいそうなので何も考えず、ただひたすら無心に整備をしていく。

「ねぇ、ヴィン―――あ」

部屋からユフィが出てきて声をかけようとしたが、床に新聞紙を広げてケルベロスを整備するヴィンセントを見て声を止めた。
ヴィンセントが銃の整備をしている時は、緊急の時でない限り声をかけないのがルールだ。
最初こそはそんな事も知らなかったので話しかけたりもしたが、いつもよりも反応は薄いし、何よりあまり声をかけないでくれと言われた。
流石のユフィもそこまで言われてしまえば声をかける事もしなくなったし、またその時だけは騒がしくしないように心がけている。

「よいしょっと」

声をかけるのをやめたユフィは代わりにヴィンセントの背中に自分の背中を合わせるように寄りかかり、携帯を取り出して弄り始めた。
ユフィはヴィンセントが整備を終わらせるのを待つ時はこうして背中に寄りかかって待つようにしている。
勿論、整備中に背中に寄り掛かる事への許可はとってある。
ただ、時々どうしてもヴィンセントに構ってほしくなる時がある。
でもヴィンセントが銃を整備している時は構ってもらう事が出来ない。
そんな時は大きな背中に抱きついてひたすら整備が終わるのを待つが、焦れったい事この上ない。

「・・・」
「・・・」

今、リビングに響いている音はヴィンセントがケルベロスの部品を手入れする音とユフィの携帯を操作する音。
時々、ユフィが小さく笑って背中が僅かに揺れる。
その揺れと体温がヴィンセントにとっては心地よかった。

「ふんふ〜んふふん〜ふ〜ん♪」

上機嫌に最近の流行りの歌を鼻歌で歌うユフィだが、微妙に音程がズレている。
それがおかしくて、可愛らしくて、ずっと聞いていたいのだが少し気が散ってしまう。

「ユフィ」
「ん?あ、ごめん」

ユフィは短く謝って鼻歌を歌うのをやめた。
本当はもっと聞いていたかったが、気が散ってしまう以上は仕方ない。
今度一緒に風呂に入った時やご飯を作っている時にまた鼻歌を歌ってくれないだろうか。
そんな事をぼんやりと心の片隅で考えながらもすぐに意識をケルベロスに向ける。
解体した時の逆の順序でケルベロスを組み直して行き、しっかりネジを止めていく。
そうして元通りの姿になったケルベロスを新聞紙の上に置き、短く息を吐いて小さな背中にもたれかかる。

「終わったー?」
「ああ」
「重いんだけど」
「そうか」

全く悪びれる様子のない返事に、しかしユフィはクスクスと笑って負けじと体重をかけてヴィンセントの背中を押し返そうとする。
お互いにかけあうこの重さが何だかくすぐったい。

「それより、私に何か用事でもあったんじゃないのか?」
「あ、そうだった。明日ヴィンセント休みだよね?」
「そうだが?」
「じゃあさ、明日の夕飯は串カツ屋行こうよ!ウータイのチェーン店がエッジにも出来たんだって」
「ほう、あの串カツ屋か?」
「そ、あの串カツ屋」
「ならば行く他に選択肢はないな」
「んじゃ、明日ね」

「くっしかつ〜♪」と上機嫌に口ずさみながらユフィはゆらゆらと背中を軽く押し返してくる。
それに伴ってヴィンセントの背中も揺れ、こちらも何だか楽しい気持ちになる。



ケルベロス整備の為に散らかした新聞が片付けられるのはもうしばらく後の事である。











END

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