お題倉庫
□ハンガーに掛かるネクタイ
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タンスの扉の内側に付いている鏡に自身を映して身だしなみを確認する。
ワイシャツボタンのかけ間違えはなし。
ワイシャツの目立った皺もなし。
髪の乱れもなし。
小さなゴミクズもなし。
スーツのズボンの丈も問題なし。
(スーツを着るなんて久しぶりだな)
最後にスーツを着たのは30年前のあの悲劇の日。
思い返せば、あれ以来スーツを着てない。
いや、着る機会がなかったと言うのが妥当だろうか。
正装せねばならないイベント事など今日までまるでなかったし別になくても気にしてなかった。
けれどWRO主催のパーティーに出席とあらば正装せざるを得ない。
本当はあまりこういうのには出たくないのだが、リーブになるべく出席するようにと強く言われたので仕方なく出席する事にした。
「さて・・・」
正装に必要なもう一つのアイテムにヴィンセントは視線を送った。
ハンガーにかかる2つのネクタイ。
1つは、今回のパーティーの為に急遽購入したスーツのセットに付いていた無地の黒のネクタイ
もう1つは、スーツ購入に同行したユフィが贈ってくれた黒のストライプのネクタイ。
『ストライプもいいけど水玉も捨てがたいな〜』
『ヴィンセントは何でも似合うから悩むな〜』
『ヴィンセントはどっちのが好き?』
自分の為にあれこれとネクタイを手に取ってはあてがって来て、どれがいいかと悩んでくれた少女。
最終的には自分の好みで決めてくれと言われ、黒のストライプのネクタイを選ぶと、すぐさまレジに並んで行った。
そして綺麗にラッピングされたそれを差し出して
『はい、ヴィンセント!ユフィちゃんからのプレゼントだよ!』
と、屈託のない笑顔を見せた。
けれどその後、慌てたように
『で、でも別にセットに付いてたネクタイでもいいからね!ヴィンセントの好きな方でいいから!』
と付け加えてきた。
照れくさかったのだろう。
それにしても、あの時の笑顔が今でも忘れられない。
「・・・フッ、有り難く使わせてもらうとするか」
何の躊躇いもなく黒のストライプのネクタイを手に取って慣れた手つきで結んでいく。
このネクタイを見てユフィは何て言うだろうか。
またあの時のような笑顔を見せてくれるだろうか。
柄にもなく今夜のパーティーが楽しみだと思った。
END
afterユフィ→<指輪とネックレスと>