萌えcanですよ

□クロワッサン
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「今日もコーヒー?」

呆然と店の扉を見つめているとカウンター越しからユフィが尋ねてくる。
我に返ったヴィンセントは頷くと、いつものボックス席に座った。

「はい、コーヒー・・・デス」

またぎこちない敬語。
先程の冗談を気にしているのだろうと思い当たって訂正をした。

「無理に敬語を使わなくてもいい。さっきのは冗談だ」
「え、マジ?良かったー」
「・・・それより、私の事は秘密にしててくれないか」
「ん?有名人だってこと?」
「そうだ」
「うん、分かったよ」
「それとお前の祖父にもな」
「アタシのじーちゃん?・・・あ、さっきのおじいちゃんのこと?
 違う違う、あれは近所のクリーニング屋の人だよ。それにアタシのじーちゃんはもう亡くなってるし」
「そう、なのか?」
「三ヶ月前にね。アタシ、小さい時に両親が事故で亡くなってさ・・・
 その時にじーちゃんが引き取ってくれてそれからずっと一緒にカフェを営みながら暮らしてきたんだよね。
 でもそんなじーちゃんも三ヶ月前に病気でポックリ逝っちゃってさ」

努めて明るく語るユフィだが、その瞳はどこか懐かしさを、そして悲しみを帯びていた。
突然見せられた大人びたような瞳にヴィンセントはドキリと胸を高鳴らせると同時に申し訳ない気持ちになる。
ユフィを故人である祖父の事を懐かしみ、そして別れに悲しんでいるというのに自分は何を心を奪われそうになっているのか。
ほとほと自分に呆れ返ったヴィンセントは色んな意味を込めて謝罪の言葉を口にした。

「・・・悪い事を聞いた」
「常連さんが謝る事ないって!アタシが勝手に喋ったんだし。
 それよりなんだっけ?クリーニング屋のおじいちゃんだっけ?多分大丈夫だと思うよ、口は固い方だし」
「だといいがな」
「アタシも絶対他のお客さんには言わないからさ、これからも来てよ」

髪の毛を弄ったり視線を彷徨わせたり少し落ち着きなく言うユフィに疑問を感じつつも「ああ」と言って頷く。
するとユフィは眩しいほどの笑顔を向けて喜びを露わにした。

「やった!絶対だかんね!あ、でもコーヒー以外の物もちゃんと頼んでってよ」
「そこは抜け目ないな」
「こっちも商売なんでね!」

えっへん!と腰に両手を当てて胸を張るユフィに静かに苦笑しながらコーヒーを口に含んだ。











そして翌日。
カフェ・キサラギは相変わらず客がいなかった。
ヴィンセントとしては快適に利用出来るので全く問題はないのだが、少し気になる。
なので思い切って聞いてみる事にした。

「少しいいか?」
「ん?何?」
「気を悪くしないでほしいのだが・・・何故客が少ないんだ?」
「え?あー・・・あー、うん・・・まぁなんていうか、近くに大手チェーン店の喫茶店が出来たからだと思うよ?」

歯切れ悪く、けれど気を悪くした風ではないような雰囲気でユフィは答える。
なんだかはぐらかしているように見えるその態度に疑問を抱き、ヴィンセントは更に追及してみる事にした。

「だからといって私以外の常連もいた筈だろう?クリーニング屋の老人のように」
「それは―――あ!」

ユフィは窓の向こうの何かに気付くとトレイを置いて慌てたように店の入口に駆けていった。
つられてヴィンセントも窓の外を見てみるが、一瞬だけ真っ赤な髪の毛が見えた。

「あ、アタシ!ちょっと席外すけど他にお客さんが来たらすぐに戻るからって伝えといて!!」

ヴィンセントの返事を聞かずしてユフィは店を出て行く。
そして真っ赤な髪の毛が消えた方向へ必死に走っていく姿が窓越しに見えた。
ユフィはあの真っ赤な髪の毛の人物と何かあるのだろうか。
なんだか無性に気になって筆を執る気になれない。

(バカか私は・・・)

いつからこんな卑しい野次馬根性が芽生えたのやら。
愚かな自分にほとほと呆れて気分転換にコーヒーを一口飲む。
そしてなるべく無心になりながら文字を綴るが、どうしても集中出来ない。
一発自分を殴ってやろうかと思ったその矢先にユフィが帰ってきた。
意外にも早い帰還である。

「はぁ・・・」
「大丈夫だったか?」
「へっ!?な、何が!?」
「必死な顔で外に出て行ってたが、何かあったのか?」
「う、ううん、なんでもない!気にしないで!!それよりコーヒーのおかわりいる!?」
「あ、ああ・・・頼む」

ユフィは強制的に話を打ち切ってコーヒーポットを求めてカウンターの奥に入って行った。
聞かれるのが嫌なのなら無理には聞かないが、それでも内心ユフィを心配するヴィンセントだった。









END
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