萌えcanですよ
□クッキー
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ヴィンセントはほぼ毎日のようにカフェ・キサラギに通っていた。
店には自分以外の客はほとんどいないし、当然の事ながら他のメニューを注文するのを要求されるが、ユフィは嫌な顔一つせずコーヒーのおかわりをくれる。
よくユフィの鼻歌が聞こえたりするがそんなものは些細な事でしかない。
コーヒーを飲みつつ、時にまったりとしながらの執筆作業はとてもよく捗る。
担当編集のリーブにここの場所を教えて欲しいと軽く聞かれたが、勿論教えていない。
折角の穴場にリーブが押しかけてきて原稿を急かされては堪ったものではない。
だから時々、尾けられてないか確認しながらここに来る事もしばしば。
(考えすぎかもしれんがな)
「常連さん、クッキー食べてみない?」
コーヒーを飲んでボーッとしていると、ユフィがすぐ側まできていて、クッキーを乗せた皿を持ってきていた。
「作ったのか?」
「そ。なんかクッキー作成キットってのが売ってて、試しに買って作ったんだよ。
そしたら入ってる材料を混ぜて焼くだけで超簡単だったんだよね〜」
「なるほど、とりあえず味は保証されている訳か」
「どーいう意味だよ!!」
怒るユフィに小さく笑いながらクッキーを1枚口の中に入れる。
硬すぎず柔らかすぎない、程よい甘さのクッキーはとても美味しかった。
「美味い」
「でしょでしょ?よく出来てるっしょ?常連さんにだけ特別に全部あげるよ」
ユフィは皿をテーブルの上に置くと上機嫌に鼻歌を歌いながらカウンターへと下がって行った。
先程まで怒っていたのに、素直に褒めると途端に上機嫌になるユフィがなんだか面白い。
ここ数日で判った事だがユフィは感情豊かでそれに伴って表情がコロコロと色々なものに変わる。
だから最近は態とからかって怒らせたり、困らせたり、笑わせて密かに楽しんでいる。
これも今回のクッキーも『常連特権』というやつだ。
「あ、あの、すいません!」
突然、店の扉が開いてスーツを着た若い男性が入ってきた。
緊張しているのか、顔は少し赤い。
「あ、いらっしゃ――ー」
「ゆゆゆゆゆユフィさん!あの、ちょっといいですか!?」
「な、何?」
「その、あぁ、えっと・・・」
チラリと一瞬だけ男がヴィンセントの方に視線を向ける。
その視線はまるで敵を見るようなそれで、牽制しているような感情が込められていた。
この若い男とは面識がないはずだが、何かしただろうかとヴィンセントは過去を振り返るが、該当する人物はいない。
一体なんなのだろうか。
「こ、ここで話すのもアレなんで、ちょっと外に出てもらえませんか!?」
「別にいいけどなるべく早めにね。長く店を空ける訳にはいかないから」
「そんなにお時間を取るつもりはないので大丈夫です!」
「ならいいけど。常連さん、お客さん来たらアタシは席外してるって言っといて」
「ああ、判った」
ヴィンセントが返事をすると、若い男が一瞬だけ怒りをヴィンセントに向けてきた。
怒りを向けられたヴィンセントは、その怒りがどういったものか、そして男がなぜ先程敵意を込めた視線を向けてきたのかがなんとなく判った。
判ったのと同時に、ヴィンセントの心に僅かな焦りが生まれる。
(何に焦っているというのだ・・・)
コーヒーを飲んで心を落ち着けさせながら、窓からユフィたちの様子を伺う。
男は緊張しながら何かを言うとユフィに頭を下げた。
しかしそれに対してユフィは困ったような申し訳なさそうな表情を浮かべて何かを言っている。
表情や口の動きから察するに断りの言葉を述べている感じがする。
するとユフィの言葉を受けた男は頭を上げてもがっくりと肩を落としており、ニ、三言葉を交わすととぼとぼと歩き始めた。
そしてヴィンセントが座っている席の窓の前を男が通り過ぎる瞬間、男は悔しそうな恨めしそうな目でヴィンセントの事を睨んできたが、冷たい視線を返してやった。
(八つ当たりもいいところだな)
男が八つ当たりしてきた理由に検討をつけながらヴィンセントはコーヒーを一口飲む。
コーヒーカップの中身は空になった。
「お待たせー、店番ありがとね」
「コーヒーのおかわりをくれないか」
「うん、いいよ」
店に戻ってきたユフィは頷くとカウンターからポットを持ってヴィンセントのコーヒーカップに注ぎ足した。
「何を言われたんだ?」
「ん?さっきの人?」
「そうだ」
「うーん、まぁ・・・告白かな」
予想していた内容に、しかし僅かに動揺する。
すぐにコーヒーを飲んでそれを誤魔化した。
「・・・なんて言ったんだ?」
「ごめん、って。なんかあっちは通勤途中に窓からよくアタシの事見てたみたいなんだけど、アタシはあの人の事知らないしさ」
「そうか・・・」
ユフィの答えにホッとする自分に驚く。
何故、自分は安心しているのか。
「それに、さ・・・」
「?」
「う、ううん、やっぱ何でもない!それよりさ、常連さんは告白された事とかってある?」
「それなりにな」
「やーっぱりね〜。その内何人の人と付き合ったの?」
「いや、付き合った事はない。その気もないのに付き合うのは失礼だからな」
「ふーん。じゃあ好きな人が出来た事とかはないの?」
「・・・・・・ある」
「マジで?どんな人?」
ユフィが尋ねるとヴィンセントは持っていたコーヒーカップを静かに置いて遠くを見つめながら語り始めた。