萌えcanですよ

□ゼリー
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夕焼けが差し、一面夕日色に染まるヒーリンの広い海。
その日の取材を終えたヴィンセントは一人砂浜に佇んで静かに海を眺めていた。
今のヴィンセントの頭の中を占めるのは過去の記憶。

大学のサークルの合宿でヒーリンを訪れたヴィンセントとルクレツィア。
今日のような夕日が美しい時間にルクレツィアと海岸を歩き、他愛のない言葉を交わした。
そこで意を決してルクレツィアの両手を取り、自身の想いを告げた。
だが、ルクレツィアは困ったような顔をして首を横に振った。
想いには応えられない、友人としてしか思っていない、と―――。
その日を境にルクレツィアとの関係はぎくしゃくしてしまい、宝条と付き合っていたのが決め手となってヴィンセントはそれっきりルクレツィアとは疎遠になってしまった。
サークルにもあまり顔を出さなくなったし、ルクレツィアの研究室にも立ち寄る事はしなくなった。

(つくづく私は愚かだな)

告白をしなければ、せめてルクレツィアとの関係が壊れる事はなかった筈なのに。
もっと早くにルクレツィアと宝条の事を知っていれば諦めがついた筈なのに。
そうすればこうして辛い思いをして海を眺める事なんてなかったのに。
今のヴィンセントにとってヒーリンの海は過去を思い出させる鏡、恋に臆病になってしまった憐れで未練がましい己の象徴でしかない。

(・・・帰ろう)

過去を思い出す為にヒーリンに来たんじゃない。
今回は取材の為にここに来たんだ。
本当は来たくはなかったが、今書いている小説の舞台のイメージがヒーリンだったのでやむなく来たのだ。
出来る事ならさっさと終わらせて一刻も早く帰りたい。
帰って、バスに乗ってユフィが淹れてくれたコーヒーを―――

「・・・ん?」

土産屋の前を通ると、ヒーリン名物『メロンゼリー』が棚に陳列されているのが目に入った。

『ヒーリン名物のメロンゼリー買ってきてよ!アタシあれ大好きなんだよね〜!』

少し前のユフィの言葉が脳裏を過る。
買っていってやったら、きっと凄く喜んでくれるだろう。
あの太陽をのような笑顔で嬉しそうに受け取ってくれるに違いない。
そう思ってメロンゼリーに手を伸ばそうとすると、隣にある『新発売!リンゴゼリー!』というのが目に入った。
リンゴゼリーも買ってってやったらもっと喜んでくれるだろうか。
考えに考えたが、結局はメロンとリンゴの両方を購入する事にした。
もしもユフィがリンゴが嫌いだったらリーブ辺りにでも押し付けよう。

「何でもかんでも私に押し付けないでくれませんか」

突然抗議の声がして振り向けば、リーブが不服顔でこちらを見ていた。

「・・・私は何も言っていないが?」
「言わなくても分かりますよ、貴方が何を考えてるかなんて。
 ゼリーなんか率先して食べる質じゃないのに買うのは明らかに変ですからね。最近通っている喫茶店へのお土産ですか?」
「・・・買ってきてくれと頼まれたからな」
「メロンとリンゴゼリーをですか?」
「いや、メロンだけだ。だが、リンゴも買ったら喜んでくれるのではないかと思ってな」
「サプライズという訳ですか」
「そんなところだ」
「サプライズをするのはいいですが失敗しても私に押し付けないで責任持って自分で食べて下さいね」
「お前はリンゴが嫌いだったか?」
「嫌いじゃないですよ。ただ押し付けるなと言っているんです」
「私によく判らない物を押し付けているお前が言うセリフか?」
「貴方の創作欲を刺激するものだと信じてやっているんです」
「だったら何も刺激されていないからやめてくれないか」
「考えておきます。それより今日はもう宿へ戻りますよ」

なんだか曖昧にされた感じが否めないが、さっさと宿に戻って休みたかったので追及するのをやめた。












宿に到着したヴィンセントは、部屋の窓からぼんやりと外を眺めていた。
小さな田舎街なだけあって街頭や食事処の看板の電気がポツリポツリと点いている程度の明るさしかなかい。
元より静かなのを好むヴィンセントとしては悪くない景色なのだが、今はそうでもない。
こうも静かだとどうしても昔の事を思い出してしまいそうになる。
賑やかな都会であれば色とりどりの看板や行き交う人々を眺めて気を紛らわせるのだが、こんな静かな田舎街ではそうもいかない。
行き交う人は少なく、変わった看板なんかもない。

(・・・他の事を考えよう)

シャッとカーテンを閉めて思考を切り替えようと務める。
今書いている小説の事を考えるか、それともリーブに提案されている番外編について考えるか、それとも・・・。

(・・・ユフィ)

ふと、ユフィの笑顔が頭を過る。
鼻歌を歌いながらコーヒーのおかわりをくれるユフィ。
メロンゼリーと一緒に買ったリンゴゼリー、喜んでくれるだろうか。

(そういえば、あの男たちとの関係は一体・・・)

たまに店の前に来ては窓からユフィを呼び出す赤毛の男たち。
ユフィは悪い事はされていないと言うが、戻ってくる度に悲しそうな顔をしている為にそうとも思えない。
いずれユフィの方から話してくれるようだが、何を言われても驚かず、そしてユフィの力になれるように努めよう。

そんな風にユフィの事を考えながらヴィンセントはその日を終えるのだった。












END

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