萌えcanですよ

□おかゆ
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「・・・お前たちは・・・」

「んぁ?おお、そこの喫茶店の常連じゃねーかよ、と」
「・・・」

あの赤毛の男とサングラスをかけたスキンヘッドの男がアパートの敷地に踏み入ろうとしていた。
ヴィンセントが警戒をしているとスキンヘッドの男が静かに口を開いて赤毛の男に言った。

「レノ、この男は有名な作家だ」
「え?マジ?」
「つい最近もベストセラーを出してテレビで取り沙汰されていた」
「は〜。そういうのあんまり興味ねーから知らなかったぞ、と」

「・・・お前らは一体何なんだ?」

二人の会話に割って入り、素性を探る。
それに対して赤毛の男―――レノは気怠げな雰囲気を崩さないまま答えた。

「神羅の社員だぞ、と」
「神羅の?あの巨大企業が小さな喫茶店に何度も何の用だ?」
「ん?お前知らねーのか?もう少ししたらこの辺一帯は更地になるんだぞ、と」
「更地に?」
「ウチの会社がこの辺の土地を買って再開発しようとしてんだ。
 で、それに伴ってこの辺の土地の奴らを説得して回って立ち退いて貰ってんだぞ、と」
「閉店していっている店があったと思うが、見てないのか?」
「興味がないから目もくれていなかった」

正直に答えるとレノは苦笑し、そして冷やかしてきた。

「興味も持てないほどあの小娘にお熱なのか、と」
「私は・・・」
「あーいい、答えんなって。
 ついでに言うと俺達はあの小娘の都合に合わせて色々付き合ってただけで、それ以上の関係じゃないぞ、と」
「都合?」
「もうすぐあの店が出来て15年になるんだとよ。それでどうしてもその記念日を迎えたいからってゴネられてな」
「それで仕方なく上に掛け合って色々調整をしていたという訳だ」
「そうなのか・・・」

ということはユフィの言っていた事は本当だったのだ。
強請られている訳でもなければ脅されていた訳でもない、少なくとも悪い事はされていなかった。
ただ、色々な意味で辛いやり取りをしていたに過ぎない。
そしてヴィンセントが店に来なくなる、というのも店を畳んでしまうからだという事が判った。
そんな事を知っても店を閉じてしまう最後の日まで来るつもりなのに・・・。

「ところでお前、これからあの小娘の部屋に行くのか?」
「そのつもりだ」
「じゃあこれ渡しといてくれ。最終承認通知だぞ、と」
「・・・判った」
「確かに渡したからな。行くぞルード、お楽しみを邪魔する奴はチョコボに蹴られちまうからな、と」
「ああ、退散するとしよう」

何かを勘違いしている二人に反論しようとしたが、それよりも前にさっさと二人は立ち去ってしまい、弁解の機会を失った。
なんとも言えない気持ちを抱えたまま、そしてやましい事をしに行く訳ではないと自分に言い聞かせてアパートの階段を上る。
カンカンカン、という錆びた階段をゆっくりと上り、ユフィの部屋である205号室を目指す。

「・・・ここだな」

ドアノブに手をかけ、そっと手前に引くといともたやすく玄関のドアは開いた。
当然だ、ユフィは鍵を開けておくと言っていたではないか。
しかし無言で上がりこむのもなんだか気が引ける。

「ユフィ、入るぞ」

「んー、いいよー」

中に入って狭いキッチンを通り過ぎ、奥の部屋へと足を踏み入れる。
部屋は畳の部屋でそこそこ片付けられており、ユフィ一人が住むには十分な広さだった。
だが祖父と一緒に住んでいた頃は少し狭かっただろうが、それでもユフィは幸せだったのだろうなと思う。
そんなユフィは今、卓袱台を壁に寄せて布団を敷いて風邪と闘っている。
早く援護をしてやろうと布団の前に座り、ユフィの額と己の額に手を当てて熱を計った。
自分は低体温な方だが、それにしてもユフィの熱は高かった。

「・・・熱いな」
「でも寒い・・・」
「腹は減っているか?」
「ちょっとだけ」
「すぐにおかゆを作るから待っていろ」

袋の中から冷えピタクールを取り出してユフィの額に貼り付けてやると、「うひゃっ」という小さな悲鳴が耳に届いた。
しっかりと貼って頭をポンポンと優しく撫でてからキッチンへと向かう。
おかゆの素の箱の裏に書いてある作り方を参考にしながらご飯をレンジにかけたり鍋に水を入れたりする。
その後にまとめて煮る訳だが、その煮ている時間がなんとも惜しい。
早く作って辛そうにしているユフィに食べさせてやりたい。
けれど半端な物を出して却って食べれなくなってしまうのは一番いけない事だ。
だから待たなければいけないのだが・・・もどかしい、もどかしすぎる。
待っている間に土産のゼリーを入れて冷やすが、それでもまだほんの少しだけ温度が上がった程度。
苛立つヴィンセントなどお構いなしにお粥は火加減に合わせてのんびりと煮立ち、漸くコポコポと出来上がりの合図を知らせてきた。
ヴィンセントはそのタイミングを見逃さず、速やかに火を切って器に移した。
その後、食器棚からレンゲを探し出してお盆の上に乗せるとユフィの元へと急いだ。

「出来たぞ」
「わーい・・・」

力なく喜んでユフィは辛そうにのっそりと起き上がった。
器とレンゲを持たせ、ユフィの食事を見守る。

「熱いから溢さないようにな」
「うん・・・ありがと」

ユフィはお粥をレンゲで掬うと、ふーふーと何回も息を吹きかけてお粥を冷ました。
きっと猫舌なのだろう。
可愛らしい弱点を発見して心の中で小さく和む。

「美味いか?」
「ん・・・味わかんないけど多分美味しい」
「そうか。デザートにゼリーもあるぞ」
「ゼリー?お土産の?」
「ああ。メロンと・・・リンゴを買ってきたのだが、リンゴは食べれるか?」
「大好き!ヴィンセントさっすがじゃん」
「新商品とあったのでどうかと思ってな。食べれるなら安心した」
「エヘッ、メロンとリンゴ、どっち食べよっかなー。アタシ今病人だし両方いくとかどーよ?」
「今度は腹を壊すぞ」

苦笑して言うとユフィもつられて笑った。
この笑顔を見るとなんだかホッとする。
ユフィは風邪だが、それでも会えて良かった。
今なら心の整理もつけられそうだ。

「ふー、ごちそーさま。ゼリーはもうちょっとしてからでいいや。
 それよか今日は何で来たの?ヴィンセントが店の休日忘れるなんて珍しいじゃんね」

お粥の器をお盆に乗せて床の上に置くとユフィは薬を飲んでもぞもぞと布団に潜ってヴィンセントに用件を尋ねた。
ヴィンセントは一つ息を吐いて間を空け、「実は―――」と事のいきさつを語った。
ルクレツィアに会ったこと、ルクレツィアが結婚していたこと、それにショックを受けたこと。
なるべく簡潔的に自身の心情を交えながら淡々と話した。
ユフィはそれをただ静かに―――切なそうにしてヴィンセントの話に耳を傾けていた。

「―――そういった経緯で今日が定休日である事も忘れてここに来た」
「ふーん、つまりヴィンセントは好きな人が結婚してた事にすっごいショックを受けてこの可愛いユフィちゃんに慰めてもらいに来た訳か」
「そういう訳では・・・」
「あはは、冗談だって。でもさ、ショックを受けで話を聞いてもらいたかったのは本当なんでしょ?」
「・・・ああ、ルクレツィアから結婚の事を聞いて心が落ち着かなかった。その時にお前の淹れたコーヒーを飲みたいと思った」
「そっか、なんか嬉しいや」

言ってユフィは嬉しそうにはにかむ。
その笑顔は純粋なもので、なんだかこっちが照れくさくなった。
だから、その照れ臭さを隠す為にやや強引にユフィの目を閉じさせた。

「・・・そろそろ目を閉じて寝ろ。目の奥が辛くなって風邪が悪化するぞ」
「うん、そーする。ヴィンセントの為にとびっきりのコーヒーを淹れなきゃだからね!」

「おやすみー」と言ってユフィは目を閉じ、瞬く間に規則正しい寝息を立て始めた。

(とびっきりのコーヒー、か・・・)

ユフィの淹れるコーヒーは言ってしまえばその辺の店と変わらない、似たような淹れ方だ。
使ってるコーヒー豆だって特別な物でもないだろう。
けれど、そんなどこにでもあるコーヒーを今の自分は欲している。
ユフィが淹れたコーヒーが飲みたい。
この渇望は、この思いは、ヴィンセントがユフィに対して特別な気持ちを持っているからに他ならない。

(特別な、気持ち・・・)

ルクレツィアが結婚していた事に関しての心の整理もロクについていないのにユフィへこんな気持ちを抱くのはいかがなものか。
きっとそう、自分はまだ色々混乱しているんだ。
だからユフィへ特別な気持ちを持った気になって気を紛らわそうとしているのだろう。
そうに違いない。

(つくづく自分に呆れるな)

ヴィンセントはユフィが食べ終わったおかゆの器やレンゲなどを持って流し台に行き、それらを洗った。
そしてその日はルクレツィアの事やユフィへの気持ちをなるべく考えないようにしようとユフィの看病に努めるのであった。












END
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