萌えcanですよ

□マフィン
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つきっきりでユフィを看病した結果、ユフィは翌日に見事に復活を果たした。
そしてその看病した礼としてコーヒーとスコーンをタダで提供してくれた。

「ふぅ・・・」

いつもの席でいつものようにユフィが淹れてくれたコーヒーを飲みつつ窓の外に目をやる。
本日も晴天で雲ひとつない青空となっている。
それはまるで、整理がつきつつあるヴィンセントの心を表しているようだった。

ルクレツィアは結婚をしていた。
ヴィンセントが張り入り込む隙間など、もうどこにもない。
彼女とは完全に歩む道が別れていた。
もしかしたらフラれたあの日から既に別れていたのだろうが、もうそんなものは些末なこと。

心の中で一つ一つに結論を出して納得をしていく。
きっと凄く時間がかかるだろうと思っていた心の作業は意外にも早く終わりそうである。
それもこれも、ユフィが淹れてくれたコーヒーのお陰かもしれない。
コーヒーをまた一口飲んで一息つくと、ふと昨日レノから受け取った通知書を思い出した。
出来る事なら渡したくないが、そういう訳にもいくまい。
意を決してヴィンセントはカバンから通知書を取り出してユフィを呼んだ。

「ユフィ、これを・・・」
「ん?何これ?」
「・・・レノという男から昨日受け取ったものだ」
「え・・・レノから・・・?」

レノ、という男の名を口にした途端、ユフィの表情が固まる。
それから複雑な表情でヴィンセントから差し出された紙をぎこちなく受け取った。

「・・・」
「レノから聞いた。もうすぐ潰れるらしいな・・・」
「・・・まぁね。最初は街の皆で反対したけど移転先とか引越し代とかのお金は全額支払ってくれるみたいでさ」
「それで皆納得した訳か」
「うん。それでも粘ってた人も何人かいたけど色々説得されたみたいなんだよね。
 そうなるとアタシも納得せざるを得ないし、じーちゃんも死ぬ前に店は続けても潰しても良いって言ってたしね」
「・・・引っ越し先で店はやらないのか?」
「やらないよ。また店やったらじーちゃんとの思い出ばっか振り返りそうだしさ」

そう言って笑うユフィは凄く寂しそうで、悲しそうで、思わずヴィンセントの胸が締め付けられる程だった。
普段は明るく自由奔放のユフィが今は気丈に振る舞っている。
それが余計にヴィンセントの胸を締め付けた。
出来る事なら力になってやりたいが、きっとユフィの望む事はしてやれないだろう。
せめてほんの少しでも力になってやりたいが・・・どうしたものか。

「てな訳でさ、もうすぐ潰れちゃうけど宜しくね?」
「ああ、最後まで来るつもりだ」
「エヘヘ!サンキュー!」

この笑顔はいつもの笑顔と同じやつ。
哀しい笑顔からいつもの笑顔になって少し安心する。
やはりユフィはこの明るい笑顔でなければ。
しかし、この笑顔が見れるのも後少しの間だけ・・・。

「店の中は少しずつ片付けてくつもりだけどさ、その前にやっておきたい事があるんだよね〜」
「やっておきたい事とは?」
「マフィンを作ること」
「マフィンを?」
「店に置いてるスコーンとかパンとかは他の店から卸してるやつなんだけど、一回だけ手作りの物を置いてみようって事になったんだよ。
 そこで手作りマフィン作ろうとしたんだけど大失敗してさ〜。だから最後に成功したの作ろうと思ってさ」
「そうか」
「だから作ってる間はコーヒーの注ぎ足ししてあげらんないからポット置いとくね」
「・・・いや、私にもマフィン作りを手伝わせてくれないか」
「え?」
「お前さえ良ければだが・・・」
「全然いいよ!大歓迎!」
「では明日、エプロンを持って来るとしよう」
「ヴィンセントのエプロン姿が見れるとかとんだレアショットだね!」

楽しそうに笑うユフィにつられて薄く笑う。
これで一つ思い出が出来そうだが―――

(思い出・・・)

ヴィンセントにはあまり嬉しい響きではなかった。
もう会えないかもしれないから忘れない為の思い出作りに一体何の意味があるのだろうか。
この店に最後まで来るのだってユフィが淹れてくれるコーヒーの味を忘れない為?
馬鹿らしい、自分はユフィの淹れるコーヒーを毎日飲みたいのだ。
ユフィの鼻歌を聞いて、コーヒーを飲んで、原稿に取り掛かりたい。

(・・・毎、日・・・)

そんな事を望む自分に軽く驚く。
そしてまた、混乱する。
これは本心なのか、それとも先程の心の整理の延長線上でただの自分への慰めとしてそう思っているのか。
面倒な思考の渦に嵌りそうになり、頭を振ってコーヒーをぐいっと一口飲む。
この気持はまだもう少しだけ様子見をしよう。
少なくともこの店が潰れるまでの間に―――。

「マフィン、バナナかなんか入れる?アタシはチョコチップ入れようかなって思ってるんだけど」
「・・・プレーンがあれば何でもいい」
「はいよー」

マフィンを作る為の材料をメモするユフィを横目にヴィンセントは明日の事を考えた。
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