萌えcanですよ

□インスタントコーヒー
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翌日、ユフィはヴィンセントと一緒に店の前に佇んでいた。
思いを通わせた後、ヴィンセントはユフィの部屋に泊まって穏やかに寄り添って夜を明かした。
その次の日の朝となった今、ユフィは準備を整えた家を出て、店の最期を看取っていた。
業者がやってきていて、看板やら店の内装やらを次々と解体していく。
ユフィはその光景をただじっと黙って見守っていた。
そしてそんなユフィを隣に立つヴィンセントが静かに見守る。

「よお、小娘」

そんなユフィに声をかける男が現れる。
言わずと知れたレノとルードだ。

「あ、レノ」
「てっきり店にしがみついて悪あがきするんじゃないかと思ったぞ、と」
「んな事するか!アタシもそこまで未練タラタラじゃないっての!!」
「そーかい。それより、本当に引越し先の家はいらないんだな?」
「うん、悪いけどいらないよ。他に行くとこ見つけたし」

そう言ってユフィはそっとヴィンセントを見上げる。
ユフィの視線を受けてヴィンセントは静かに頷く事で全てを語った。

「おーおー、お熱いこって。見せつけられちまったぞ、と。このまま先にホテルにでも行きそうだな」
「ななっ!?何言って・・・!!」
「その辺にしておけ、レノ。行ったのは昨日かもしれないぞ」
「あ、なるほど」
「こらそこ!諌めると見せかけて便乗して冷やかすな!」
「アレだ、これからスイートホームでやるのかもしれないぞ、と」
「いい加減張り倒すよ!?」
「ユフィ、その辺にしておけ」

これ以上構ってもからかわれるだけだとヴィンセントがユフィを諌めるとユフィは「もういい!」と言ってヴィンセントの手を引いてバス停へと歩いて行った。
すると丁度時間が合っていたのか、ユフィとヴィンセントがバス停に立ったのと同時にバスが到着した。
ユフィはそのバスにヴィンセントと共に乗り込むと後ろの二人がけの席の窓際に座った。

「・・・」

ユフィの切ない瞳が店に注がれる。
ケジメが着いたとは言え、やはり別れの時は寂しいのだろう。
しかしそんな事を知る由もないバスの運転手は発車の合図を出すとドアを閉め、バスを発車させた。
バスは瞬く間に店から遠ざかり、遠くなっていく。
見えなくなる寸前、レノとルードが軽く手を挙げて挨拶をしたのが見えた気がした。

「・・・最後まで見ていなくて良かったのか?」
「良いよ、綺麗さっぱりなくなるとこ見ても嬉しくともなんともないし。それに、早くヴィンセントの家に行きたいし」

努めて明るく言い放つユフィだが、こちらに視線を向けぬままヴィンセントの肩の上に頭を乗せて寄りかかる。
ただそれだけでユフィが今どんな気持ちでいるのかが分かる。
しかしかける言葉が見つからず、ヴィンセントはただ黙ってユフィの肩を抱き寄せる事しか出来なかった。
そうやってずっとバスに揺られていると終点に到着した。
終点から少し歩けばヴィンセントの家だ。
ここに辿り着くまでバスはヴィンセントとユフィ以外の客を拾う事がなかったので終点までユフィの肩を抱いてやる事が出来た。
その事に内心感謝しつつ、二人は無言のまま足を動かして家を目指した。

「・・・ここだ」

到着したヴィンセントの家、それは一軒家だった。
しかもやや豪華な感じの家だ。

「ここ?ここに一人で住んでるの?」
「親父が遺した家でな。書斎もあって使い勝手がいいのでずっと住んでいる」
「ふーん。でも一人でこんな大きい家に住んでるとなると掃除とか大変そうだね」
「・・・気晴らしに時々やっている」
「あやしー」

ユフィからの疑わしげな視線から逃れるかの如くヴィンセントはさっさと家の中に入って行った。

「えーっと、ただいま?お邪魔します?」
「『ただいま』だ。今日からここがお前の家になるのだからな」

今日から自分の家。
ヴィンセントの住んでいる家が自分の家。
なんだかいきなり新婚のような夫婦のような関係になった気がして途端にユフィの顔がボンッと一気に赤くなる。
よく考えればとんでもない申し出を受け入れてしまったのだと改めて思う。
勿論、嫌なんて事はないが。

「ユフィ」
「へっ!?」
「お前の部屋に案内するからついてこい」
「う、うん!」

気付けばヴィンセントは既に上がっており、階段の前に立っていた。
ユフィは慌てて靴を脱ぐと上がり込んでヴィンセントの後ろについていった。
階段を上ってすぐ左に曲がると二つの扉が壁についていた。
手前のドアを通り過ぎて奥の部屋へと案内される。

「ここがお前の部屋だ」

部屋の中に入ると部屋の隅に簡易机と椅子が置いてあり、後は適当な物が一つ二つと部屋の壁に寄せて置かれていた。

「ここ何の部屋だったの?」
「・・・物置部屋?」
「いや、アタシに聞かれても困るよ」
「とにかくここがお前の部屋だ。好きに使うといい。置いてある物も邪魔だったらとりあえず廊下に置いておいてくれ。
 それと隣の部屋は私の部屋だ。勝手に入ってきて構わない」
「ほいよー」
「今掃除機を持ってこよう」
「濡れティッシュか何かある?机とかも拭かなきゃだしさ」
「判った、持ってこよう」

ヴィンセントは部屋から出るとすぐに掃除機と濡れティッシュを持ってやってきた。
そこで掃除機をかけようとした所で携帯が震えた。

「・・・リーブからか」
「いいよ、出なよ。掃除くらい出来るしさ」
「すまない」

ヴィンセントは軽く謝ると自分の部屋に戻ってリーブとの会話を始めた。
残されたユフィはと言うと、掃除機で軽く部屋全体を掃除し、濡れティッシュで机の上を綺麗に拭いた。
タンスなどはない為、荷物は取り敢えず壁際に寄せておく。
と、ここで少し喉が乾いた。

「なんかないかな?」

探検がてら飲み物を求めてユフィは階下に足を運んでリビングに訪れた。
リビングには大きなテレビと普通のソファが置いてあり、間には四角いテーブルが置かれていた。
なんとも普通な光景である。
それどころかリビングには必要最低限の物しかなく、部屋を彩るインテリアなどといった物はあまり置かれていなかった。
きっとあまりそういうのに興味がないのだろう。

(アタシの好みの物置いても大丈夫かな?)

後でヴィンセントに聞いてみよう。
そんな事を思いながらユフィは先程使った濡れティッシュをゴミ箱に捨てると今度はキッチンに足を踏み入れた。
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