萌えcanですよ
□インスタントコーヒー
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キッチンもリビングと同じでスッキリとしていて良く言えば無駄がなかった。
しかし悪く言えば殺風景であった。
なんだかヴィンセントらしい。
適当に冷蔵庫や食器棚を開けて軽く眺めているとあるものがユフィの目に止まった
「あ、インスタントコーヒー」
市販で売ってるごく普通のコーヒー。
封は開けられており、瓶の半分くらいは減っていた。
きっとこの家で原稿作業している時にでも作って飲んでいるのだろう。
『お前の淹れたコーヒーが飲みたい』
昨夜のヴィンセントの言葉がユフィの脳裏に響く。
あの紅い瞳が真っ直ぐに自分を見据えてそう言ってくれた。
「・・・えへへ、仕方ないなぁ」
ユフィは食器棚から適当なコーヒーカップを二つ取り出すとそこにコーヒー豆を入れた。
次に戸棚からヤカンを取り出して水を入れ、コンロにかけてお湯を沸かす。
数分するとお湯はぐつぐつと沸き立ち、火を切ってカップに注いだ。
「えーっと、砂糖と牛乳は、と」
片方のコーヒーカップに牛乳と砂糖を沢山入れてカフェオレにする。
ユフィはこうでもしないと飲めないのだ。
さて、コーヒーが出来上がった所でヴィンセントの元へ持っていこうとした時、丁度ヴィンセントがリビングに入ってきた。
そしてコーヒーの香りに気付くと嬉しそうに薄く笑った。
「よく見つけたな」
「まーね!ヴィンセントならこの辺にしまってるんじゃないかと思ってさ〜」
「フッ、そうか」
「コーヒー作ったけど飲む?」
「ああ」
ユフィからカップを受け取って早速一口含んでみる。
この間飲んだ時はただのお湯でしかなかったコーヒーがコーヒーとしての味を存分に発揮していた。
やはりユフィの淹れるコーヒーは格別だ。
「そういえば電話はもういいの?」
「ああ、あまり大した用事ではなかったのでな」
「ふーん」
「それより、余っているベッドがあるのだが使うか?」
「マジで?使う使う!てか、何で余ってんの?」
「ちょっとした記念に貰った物だ。だが、今使っているベッドの方が寝心地が良くて貰った方は一度も使ってない」
「そうなんだ。でも使わせてくれるなら何でもいいよ!」
太陽のように笑うユフィに自然と頬が緩む。
この笑顔を、コーヒーを、ユフィをヴィンセントは手に入れた。
遠くに行きそうになったものは今手元にある。
しかし人間とは貪欲なもので。
たとえ傍にあってももっと手繰り寄せたくなる。
「私のベッドを使いに来てくれても構わないがな」
「は?何でヴィンセントのベッド?」
「判らないならそれでいいが」
「ん?ヴィンセントのベッド・・・ヴィンセントの・・・」
そこまで呟いてある事に思い至ったユフィは一瞬にして顔を赤く染め、パクパクと口を動かしながら慌てた。
「ぬな、なななな、何言い出すんだよこのムッツリスケベ!!」
「子供にはまだ早過ぎたか」
「だ、誰が子供だ!!アタシはもう立派な大人だよ!!」
「ならば確かめても良いか?」
コトリ、とカップを流し台に置くとヴィンセントが距離を詰めて来た。
咄嗟に後ろに引いたユフィだったがここはキッチン。
逃げ場などなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ヴィンセント・・・!」
追い詰められ、迫るヴィンセントの体を両手で軽く押し返そうとするがそんなものは通用せず、あっという間に腕の中に閉じ込められた。
「ユフィ―――」
頬に手を添えられて上向かせられ、腰を優しく撫でられる。
ぶるりと体が震えて甘い電流がユフィの体を駆け巡った。
「ヴィ、ヴィンセント・・・!」
紅い瞳が閉じられ、つられてユフィも目を閉じる。
このまま一気に進んでしまうのだろうか?
でも、それも悪くない。
小さな不安と期待がないまぜになる中、ユフィはその時を待った。
その時―――
ピンポーン♪
折角の甘い空気をぶち壊すインターホンがリビングに響く。
チラリと窓の方に目をやればカーテン越しに引っ越しのトラックが僅かに見えた。
ユフィの荷物を運んできたトラックだ。
「チッ・・・」
お楽しみを邪魔されたヴィンセントは小さく舌打ちを漏らして怒りを露わにする。
それに対してユフィは残念なような助かったような気持ちでいたが、それも束の間。
「後で続きをするぞ」
「っ!?」
カプッ、と耳を甘噛みされた。
初めてのその衝撃にユフィは硬直し、同時に思考が停止する。
そんなユフィに構う事なくヴィンセントは引っ越しの荷物を受け取る為にリビングを出て行った。
「う・・・ぁ・・・」
ヴィンセントが出て行った後、やっとの思いで息を吐き出したユフィはへなへなと床にへたり込み、赤くなっているであろう頬を手で包む。
未だ耳に残る感触がなんだか生々しい。
「ど、どーしよじーちゃん・・・とんでもないとこに来ちゃった・・・」
ユフィは自分の覚悟の甘さを改めて痛感するのであった。
END