夢小説

□君が、大好き。[後編]
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「ふぅ、すっきりした〜」



風呂から上がってジャージを着た俺は
髪をタオルで拭きながらリビングのドアを開ける。



「あ、おかえりなさい」



こたつに入ってテレビを見ていた奏が
こちらを向いて微笑む。

俺のフリースを着ているその姿を見て
何故かちょっと嬉しくなった。


夕飯と風呂を済ませた今、
2人の間にはまったりとした空気が漂っている。
……外は相変わらず大荒れだけど。



「これ、なんてドラマ?」


奏の隣に座りながらそう聞くと
分かんない、と苦笑が返ってくる。



「他に面白そうなのがなくて。涼太なんか見たいのある?」

「んー……。……ないっスね」

番組表に切り替えた画面を見ながらそう呟く。




「あ、このドラマ『I love only you』っていうらしいスよ」

「えっ、そうなんだ。
 私の友達みんな見てるって言ってた」

「…タイトルめっちゃベタっすね。
 “私が愛するのは あなただけ“なんて」

「恋愛系!って感じだよね」


小さく笑って番組表を閉じる。



次に目に映ったのは
今人気の男性アイドル。

濃い灰色のスリムなスーツと暗い紅色に金の刺繍が入ったネクタイは、
きっとこの学園ドラマの男子高校生の制服なのだろう。

長めの明るい茶髪をワックスで軽くいじって
軽くはだけた胸元にシルバーネックレスがきらめくその出で立ちは
端正な顔によく似合っていた。


一人颯爽と校門をくぐるその周りには
黄色い歓声を上げている女子高生たちの姿。

名前を呼んで手を振るもいれば、
ただ見惚れて赤面する人もいる。

そんな集団の中を
爽やかな笑顔で進んでいく青年。


連呼される名前に小さく手を振り返せば
黄色い歓声はさらに音量を増した。




「……なんか色々凄いね」

「モテモテっスね」

「あ、しかもこの人イイトコのお坊ちゃまっぽいよ」

「うわ、理想の塊みたいな設定」


俺が顔を引きつらせる傍らで
奏は苦笑いをして画面を見つめている。


「……でも、この人なんか涼太に似てる」

「え」


ぽつりと独り言のよう言葉に
俺は目をしばたかせた。

改めて画面に視線を移す。


その容姿を頭のてっぺんからつま先まで見てみるが
特に似ていそうなところは見つからない。

俺は金髪だけど、相手は茶髪だし。
顔も似てないと思う。

制服は確かに灰色だけど
海常はもっと薄い灰色だ。

家はお金持ちでもないし
お坊ちゃまでもない。

……そしてなにより、
似てると言われてもあまり嬉しくない。



眉間にしわを寄せてそんな事を一人で考えながらも共通点を探していると、
俺の顔を見て奏が吹き出した。


「ははっ、違う違う。
 見た目とかじゃなくて、あんなふうに女子にモテるところ」

「…あー」


確かに、たまにあんな感じに集られることもある。


「いや、でも、流石にあそこまで集まる事はないっスわ」

「まぁアレはドラマだから」

「しかも俺、ああいうギャルっぽくて
 いかにも我儘そーな女子とか苦手」

「でも実際、涼太ってあんな感じの女子に人気じゃん」

「……だから全然嬉しくない」



むしろ迷惑、とため息をつくと
この贅沢者め!、と小突かれた。

地味に痛い。
脇腹を手でさする。


少し拗ねて奏を見てみれば、
こちらを見上げるその目と俺の目が合った。

その瞳は何度かゆっくりと瞬きをする。

そしてそっと目を伏せた。


……その一連の動作が
少し寂しげに見えたのは錯覚だろうか。


「……奏?」

「……いつも…思ってたんだけど、さ」



ぽつり、と呟くような声が耳に届く。
僅かな重みが右肩にかかるのを感じた。


「涼太は、私なんかが彼女で……本当にいいの?」


――――え?


微塵も予想していなかった言葉に
心臓が脈打つ。
俺の肩にのっている頭は下を向いていて
表情は見えない。

しかし今、鼓膜を震わせたその声は
あきらかに寂しさの色を含んでいた。


「涼太のことを好きな女子の中で
 私より可愛いとか美人な子は沢山いる。
 私より優しい子も、私より頭のいい子も。私より優れている人なんて……山ほどいるのに。
 それなのに、」




「……それ、本気で言ってる?」



腕を、掴む。
掌に伝わるフリースの感触。

びくっと肩を震わせて
下を向いていた顔が少し上を向いた。

前髪から覗いた瞳。



少しだけ潤んで見えるのは、
きっと
気のせいじゃない。




――――馬鹿だ、俺。




胸に引き寄せて、きつく抱きしめる。

柔道をするその体は不必要な脂肪をほぼ削ぎ落としていて、
しなやかな筋肉のついたその体はあまりにも細い。

しかし、試合ともなれば
軽々と人を投げ飛ばし、組み伏せる。

胴着姿は気迫を纏っていて
強気な瞳は、百戦錬磨の者のそれだ。

何があっても挫けないそのメンタルは
俺でも凄いと思う。



自信に溢れた
強き、柔道部のエース。



そんな彼女も、人と自分を比べて
不安になることがあるって。
そんなの女の子なんだからあるに決まってるのに。



「ごめん」


抱きしめる腕にさらに力を込める。



「りょう……た?」



馬鹿だ、俺。
大好きな人を不安にさせて。



「…奏の、笑った顔が好き」

「……?」


囁きのような声に
奏が小さく反応する。



「特に、嬉しそうに笑う顔が好き。
 たまに見せるはにかんだ笑顔も可愛い。
 透き通った明るい声が好き。
 誰にでも優しくて、何事にも一生懸命なところが好き。
 しっかり者なのに意外とおっちょこちょいなところもあるのが可愛い。
 たまに甘えてくる時の仕草にキュンとする。
 柔道してる姿が凛々しいしかっこよくて憧れる。
 大人っぽい洋服も可愛い服も似合っててドキッとする。
 変態だと思うかもしれないけど…奏の匂いも体温も、心地よくて落ち着く」


なんて言ったらいいのか分からない。
でも、大好きっていう気持ちだけは伝えたい。



「一つ一つの動作が全部かっこよかったり可愛かったりで目が離せない。
 明るくて元気な奏と過ごす時間が楽しくて、ずっと一緒いたい、離れたくないって思う。
 俺の外見だけじゃなくて内面もちゃんと好きでいてくれるのが泣けるほど嬉しい。
 ああもう、ごめん、多すぎて全然まとまんない……」


この気持ちが、伝わらなかったらどうしよう。
怖い。
どうしようもないほど、好きなのに。



「……奏の全部が好きだから。
 負い目に感じてるとこだって、俺には長所としてしか映らない。
 たとえ奏より優れた人がいたとしても、奏にどっぷり惚れ込んだ俺にとってはどうだっていい。
 ……俺バカだからさ、奏が俺以外の人と話してるとすぐヤキモチやくし。
 奏のこと大好きだから……他人に触れさせたくない、全部独り占めしたいって…………奏?」



腕に伝わる、微かな震え。
押し殺したような嗚咽。

……泣いてる?


「ご、ごめん、泣かないでっ」

「……違うよ、嬉し泣き」

「……へ?」



首に、両腕が回される。




「私も涼太の全部が好き。
 私だって馬鹿だから、そんなの出来るはずもないのに……涼太を独り占めしたいって思っちゃう。
 独占欲強すぎて、毎日女子に囲まれるところ見てると不安になって……こんなに大事にしてもらってるのに……本当にごめん」


咽び泣いた声が、耳元で聞こえる。

不意に、それが近くなった。
耳に温かい吐息がそっとかかる。




「涼太、愛してる」




ああ、俺死にそう。
嬉しいとかもうそんなレベルじゃない。

胸がギュッと締め付けられて呼吸ができない。
鼓動が速くなりすぎて血管ちぎれちゃうかも。

奏への愛しさで、
思考も何もかもが飽和してクラクラする。



「俺も、愛してる」



肩に顔をうずめる。
鼻腔をくすぐる、最愛の人の香り。




「奏のこと、愛してる」




この時、自分の頬にも涙が伝っていたことを
俺は後になって知る。







「キス……したい」


驚いて彼女の顔を見る。
視線をちょっとそらして赤面しているその顔。
いつもは恥ずかしがって
そんなこと絶対に自分からは言わないのに。



「……今したら、酸欠になるほど何回もしちゃうかもよ?」

「肺活量には自信あるもん。
 ……酸欠に、させてみてよ」



恥ずかしさを隠しきれてない
そのつぎはぎな強気に小さく笑う。



「ディープも……していい?」

「……ご自由に」





顎に手を添え、優しく上を向かせる。
綺麗な瞳が俺を映した。

それが静かに閉じられる。




少しだけ首を傾けて、

そのままそっと唇を――――重ねた。







〜end.

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