夢小説

□fresh cream
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クリスマス・イヴの昼のキッチンに
焼き上がりを知らせるオーブンの音が鳴り響く。


「おお、ちゃんと膨らんでる」


ミトンを使って焼き上がったそれを取り出した彼は
小さく歓喜の声をあげた。

私も隣から
淡い卵色のふっくらしたものを覗き込む。


「きれいに焼けたね〜」

「しかもすげーいい匂い」


甘くやわらかな香りを漂わせるスポンジ生地を前に
2人は笑い合った。



fresh cream




事の発端は昨夜。

携帯越しの会話で、
クリスマスイブとクリスマスを一緒に過ごそうという話になった。


イヴは私の部屋で夕飯、一夜を共に過ごし、
クリスマスは2人でイルミネーションの輝く街を歩く。

それが今のところの予定。


一夜を共に過ごすと言っても、別に変なことはしない。
ただ布団を二つ並べて寝るだけだ。

……まあ、私はアパートに一人暮らしだから親もいないし
やろうと思えば出来るのだけれど。



っと、それは置いといて。

昨夜イヴの夜に何を食べようかという話題になった時、
どういう経緯でそうなったのかは忘れたけど
「クリスマスケーキも手作りしよう」という案が出た。


なんだかんだでどちらも料理がそれなりに出来るし
楽しそうってことで作ることに。
ちなみにケーキ以外の夕飯のメニューも手作りする。



そんなわけで、
お揃いの橙のシンプルなエプロンをつけて
私たちは真昼間からキッチンに立っているのだった。


「なあ、このスポンジどうすればいいの」

「えっと、冷蔵庫に入れといてもらえる?」

「りょーかい」


丁寧な手つきで生地を入れる彼の姿を
視界の端で見ながら
私はステンレスのボウルを手にとった。

大きなそれの中には水が入っていて
そこに浮くたくさんの氷がカラカラと音を立てる。

そのボウルを静かに置き、その横に
先程のより少し小柄なボウルを並べた。

生クリームのパックを開け
中に全て注ぎ入れる。



「生クリーム泡立てんの?」

「うん」

「結構力いるよな。俺がやろうか?」

「あ、大丈夫。
 泡立て専用の機械があるんだ」


そう言ってキッチンの引き出しから
電動泡立て器を出して見せると、
「そんなのあんだ」と彼が笑った。


「じゃあ俺は果物切ってるわ」

「ん、お願い」



液体の生クリームが入ったボウルを
氷水の入ったものに重ねて
横から水が溢れ出ないことを確認する。

電動泡立て器を手に取り
スイッチを押した。

それを白色の液体の中に入れると
小さな泡が出来、
それが液面を滑っていく。


しばらくすると、
液体だったものがぽってりとした肌理細やかな個体になった。

ふんわりと広がる香りを吸い込んで、
めんどくさがらずに生クリームを買ってきてよかったなと、思う。


……手間が掛からないホイップクリームを買うかどうか迷ったんだけど。


サラダ油などの原料から、生クリームに似せて作られているホイップクリームより
本物の生クリームのほうが
やっぱり香りもなめらかさも良い。




――もうそろそろいいかな。



「よーし、出来……あっ」




やばっ、



と思った時には、もう遅くて。


手元や腕、顔に
ひんやりとしたものが飛び散ってくっつく感覚。


誤って、スイッチが入れたままの泡立て器を
クリームから出してしまったのだ。



慌ててボタンを押して
動きを止める。



「……何やってんだよ」


横を見ると、
清志が苺を切っていた手を止めて
心底可笑しそうに笑っていた。



「…スイッチ入ったままクリームの中から出したら
 危険なの忘れてた」


少しむくれながら
手や腕についた白いものを舐めてそう言うと、
「すげえ勢いで飛び散ったなぁ」とまた笑う。


そして彼は、タオルで軽く手を拭いて
私に手を伸ばした。



「ちょっとじっとしてろ」

「え?」

「顔についたやつ、取ってやる」

「あ、うん。おねが、」




い、と言葉を紡いだ瞬間、
頬にふにっとした何かが――触れた。



……………え?



そのままそっと
温かいものが頬をなでる。


ぬくもりが離れたあと、
その部分が濡れて涼しくなるのを感じて
やっと頭が状況を完全に把握した。



「いいい今、な、舐めっ、」

「いーから動くな。まだついてる」

「なんで舐めて取る必要が、…っ」



また温かいものが
そっと頬に触れる。

まるでキスをするように、優しく。

熱をもった舌先に
鼓動が速くなって、顔が熱くなる。




不意に、彼の手が
私の着ている洋服の襟に触れた。

親指をひっかけて右肩の方へ軽く引っ張られる。


ぞくっ、



「……んぁ…っ」



熱い舌先が鎖骨を這ったとき、
思わず小さく吐息が漏れてしまった。



やばい、変な声出た…!



咄嗟に口元を手の甲で抑える。
顔がさらに熱くなる。




「はい、全部取れた。
 …奏顔真っ赤」

「……誰のせいだ」

「俺はクリーム取ってあげただけ。
 勝手に感じたのはそっちだろ」

「か、感じてない!!」

「あー、今夜楽しみ」

「……………え」

「あ、今夜の『ケーキ』な」

「……清志のアホ、馬鹿、おたんこなす」

「奏も頂いていいなら
 頂くけど?」

「清志キライ」

「あーあーごめんって。拗ねんな。
 お前ほんと可愛いな」



ぎゅっと優しく抱きしめられて、
くしゃくしゃと頭をなでられる。

彼の匂いに包まれて幸せを感じてしまう私は
やっぱり彼が大好きなのだろう。


背中にそっと腕を回して
エプロン越しの彼の胸に




バレないように
そっと唇を押し当てた。



(私だけ一方的にキスされんのは
ちょっと悔しいから。
仕返しした……つもり)






〜end.

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