紫丁香花
□序章
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―…文久三年 師走
「千英様、宜しいでしょうか」
『どうした』
「失礼いたします。水上の鬼より文が」
『水上から…』
何年も連絡のない江戸の一族からの突然の文に、珍しいこともあるものだと思いながら目を通す
『…なるほど、なかなかの大事だな』
「如何なされましたか」
『江戸に雪村の生き残りの女鬼がいるのは知っているだろう』
「はい。
確かあの後、分家の綱道とかいう男に共に親子として暮らすよう命じたと記憶しております」
『その綱道が京へ行くと言って数ヶ月前から姿を消し、心配になった女鬼が数日前に京に向かって発ったそうだ』
「女子一人ででございますか!!」
『男装しているそうだがわかりやすく、しかも腰には小通連を携えているとか』
「それでは見るものが見ればわかってしまう!!
水上は知っていて送り出したのですか!!」
女鬼はとにかく少ない。
純血ならば尚更だ。
同族ならばその名前や武器、匂いや雰囲気で雪村の生き残りだとわかるだろう。
大体の鬼ならば俺に連絡を寄越すだろうが、そうしない不穏な輩もいる。
そしてそいつらは確実にその女鬼を自分の物にしようとするだろう。
『隣人として近くで見守り、何かあっても下手に入り込むなと命じたのは俺だ。
必要以上に止めれば怪しまれる。
今回の奴の判断は正しい』
「しかしっ…」
『幸いにも、彼女が今回通る道の近くに鬼の集落はない。』
それよりも京に着いてからのほうが危険だ。
今は人も鬼も集まりすぎている。
『数日前に江戸を出たなら今日明日中には着くかもしれない。
一刻も早く見つけ保護する。
捜索には俺も加わるから用意をしておいてくれ。』
「かしこまりましたっ!!」
(わずかに嫌な予感がする…
何もなければいいのだが…)