short3

□いつの間にか見上げてる
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時折紙を捲る音と
コチコチと時計の秒針の音だけが響くこの静かな空間
通常ならあっても問題はないヒソヒソ声すら躊躇われるそんな空間で
あたしはひたすら、目の前にある本棚と格闘を繰り広げていた



麻倉くんや東海寺くんから逃げるために久々に利用した図書室の本棚に
あたしが初めて目にする本を見つけて興味をそそられた

だけど決して低くはないけどイスを使うには躊躇われるほどには高くない位置に置かれたその本を、自分ひとりで手に取ることができると信じたあたしがバカだった


あたしの精一杯伸ばした手はその本の僅かばかり下までしか届かず
あたしはこの不毛な戦いをかれこれ10分以上続けている



――こうなったら意地ですよね



届かないと分かった時点で誰かに頼るなりイスを取ってくるなりすれば良かったんだけど
余りにもこの図書室が静かでそれすらも躊躇われた
それとは全く関係ないけどあたしにはこの図書室にはきっと藤原先輩の支配が行き届いている気がしてならない



あたしの視線の先には珍しい装丁のオカルト専門書
学校の図書室にあるのが奇跡的なくらいなのに
今を逃せばいつ巡り会えるか分からない
その本が読みたくて読みたくて堪らなかったあたしは背後の気配に気付いてなかったんだ



「その本が読みたいの、黒鳥?」



背筋にゾワッとした感覚が走る
耳元で囁かれて本気で心臓が止まるかと思った
後ろを振り向くと思った通り東海寺くんが笑顔を浮かべていて
思わずキッと目を睨みつけてしまう



「やめてください」



「でも図書室では静かにしなきゃいけないし」



「だからって普通耳元に話しかけませんよ」



「それは、黒鳥だからだよ」



変な特別扱いはやめてほしいと訴えると一瞬東海寺くんは顔を歪めたような気がした
次の瞬間にはいつもの元気いっぱい笑顔に戻ったからホントにあたしの気のせいかもしれないけど



「その本俺が取ろうか?」



その申し出自体は嬉しいけど素直に頼むのも何だか躊躇われる



「あたしが取るのと大して変わらないでしょ?」



あたしと東海寺くんの身長はほぼ同じくらい
若干東海寺くんの方が高いとはいえわざわざ取ってもらうのが合理的だとは言えない



「大丈夫だよ、ほら」



そんな軽い言葉の後に目の前にあんなにあたしが取るのに苦労していた本が現れた


嘘でしょ、そんなわけない
読みたかった本がようやくあたしの手元に訪れた喜びよりも何よりも真っ先に浮かんだのは東海寺くんへのよくわからない感情



「な、何で取れるんですか」



「何でって、そりゃ黒鳥より背は高いから当然でしょ」



言われて初めて気付く
東海寺くんの顔があたしの思っていたよりも高い位置にあるって事に



「いつの間に伸びたんですか」



「割と最近だよ
まあ、黒鳥とマトモに会うの半月振りくらいだから知らなくても当然だけど」



そう言ってあたしを見つめる東海寺くんは何だかちょっと、カッコ良く思えて
そもそもあたしが半月もの間逃げまくっていたのはいつの間にか変わっていた雰囲気が変に怖かったからだと思い出す



「可愛いなぁ、黒鳥は
顔真っ赤にしちゃってさ」



「ちょ、何言ってるんですか」



そうは言いながらも自分でも分かるくらい頬が熱い
結局あたしはずっと東海寺くんに躍らされてるような、そんな気がして悔しい
だけど今のあたしには分かっていてもそれに乗る以外の選択肢がない気がしてならない



「他にいるものはある?」



あえて言うならその余裕を少しは分けてほしいです、だなんて




見上げた笑顔が眩しくて



(悔しいから牛乳飲みまくってみましょうか)




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