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□君への言葉
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手元にある淡い水色の大学ノートを見てそっとため息をつく
男の子らしい大胆な、それでいて整った字で数学と書かれた表紙を開いては閉じを繰り返して約十分になる
さあ、これはどうしたものか


当然あたしのものではないそのノートをあたしが持っている訳は至って単純
本来の持ち主に押し付けられた
実際は貸してもらった形になるのだけど、あの状況に貸してもらったなんて生易しい表現を使うのはいささか疑問が生じる
肝心なところでは照れて何もできないくせして、変なところで強引な彼らしいといえばそうかもしれないけれど



「とりあえず写し終わったんですけどね」



意味もなく呟いた言葉はあたし以外誰もいない部屋に虚しく響き渡った
何の解決にもならないと分かりながらもぐるぐるまわる思考
こんなにもあたしを掻き乱すのはたった一人、彼だけだと気付いたのはいつの事だったか



パッと開いたページに目がとまる
数学が得意な彼の迷いのない解答の横側に、少し戸惑ったような小さな字で書かれた言葉に目を見張った



『好きだ』



あぁ、もうなんで
こんなところに書くなら直接言えばいいのに

誰にというわけでもない彼の独り言のような告白
それでもあたしを赤面させるには十分な破壊力で
彼はあたしをどうしたいのだろう




「卑怯だよ……ッ」



彼が意図したことではないにしろ
事実あたしはこの三文字に揺さぶられていて、それがたまらなく悔しい
だけどそれと同じくらいの割合でドキドキしている自分がいて



ペンケースを開けてお気に入りの黒のシャープペンシルを手に取る
ペン先を走らせるたびに加速していく心音
最後の一文字を書き終わったときにはもういまにも止まってしまいそうなくらいに心臓がフル稼働



震えた文字で書かれたあたしの気持ちを見て彼はどう思うのだろうか
ただの独り言のような落書きを見られたことに焦るのだろうか
それともあたしの返事を見て驚くのだろうか

気付かれないかもしれない
でもあたしには気付いてもらえる、そんな予感がするのだ




先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、スッキリした気分でノートを丁寧にカバンの中にしまう
あしたがくるのが怖いような嬉しいような、そんな気持ちを抱えながら


君に向けた小さな告白




『あたしも好きですよ、麻倉くん』




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